丹羽雅雄・弁護士より、「国際人権条約と国内判決(7)−戦後補償(1)」と題して、姜富中訴訟における大津地裁判決及び大阪高裁判決について、詳細な報告を受けた。
当該事例において、在日韓国人元軍属である原告は、戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づいて行った障害年金の申請が、戸籍条項に基づき厚生大臣により却下された(以下、当該処分)ところ、当該処分が、憲法第14条、国際慣習法、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下自由権規約)並びに、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下社会権規約)に違反するとして、当該処分の取消し及び国家賠償を請求した。
本報告では、とりわけ、両規約の差別禁止規定の解釈に注目し、両判決で大きな変遷があることが強調された。本件では、人権規約との関連で、主として次の三つが争点となった。
(1)自由権規約第26条の規定は、憲法第14条にいうところの平等原則と同趣旨であるか否か
(2)援護法上の戸籍条項は、自由権規約第26条、及び社会権規約第2条第2項に違反するか否か
(3)規約人権委員会の見解又は意見は、国内法の解釈に際してその基準として援用しうるか否か
以上の点について大津地裁は、次のように判断し、戸籍条項は国際人権規約に違反しないとした。
(1)自由権規約第26条は、合理的な差別までは禁止してはいないので、憲法第14条と同趣旨である。
(2)在日韓国人に関する戦後補償については、日韓交渉において解決されることが予定されていたため、「当分の間」除外するとした当該条項は、不合理ではなかったとして、規約に違反しない。
(3)セネガルケースについての人権委員会の見解は、軍務に関する保障としての年金受給権に関する事例であるから、本件とは事案の性質を異にするので、適切ではない。
これに対して本件控訴審では、結論において同一であったけれども、判決理由の論理にかなり進展が見られるとして、詳細に紹介された。
(1)合理的な理由のない差別を禁じているという意味で、憲法第14条と同趣旨であるが、「両規約の解釈として国際的に採用されている解釈基準は、憲法第14条の解釈においても十分尊重されるべきものであることはいうまでもない。」
(2)1.戸籍条項の合理性に関しては、援護法制定当時認められたとしても、日韓交渉の後も援護・補償が行われなかったことを勘案すれば、少なくとも自由権規約批准後は、存置することについての合理的な理由とはならない。そのため、自由権規約第26条に違反する疑いがある。
2.社会権規約に関しては、その実施は「漸進的に達成する」こととなっているから、「外国人に対しても同様の権利を保障するか否か」等は、立法機関の裁量に委ねられているので、自動執行性は認められない。それゆえ、当該条項が社会権規約第2条第2項に違反するか否かの問題はそもそも生じない。
3.自由権規約について違反の疑いがあるものの、国会議員が規約違反を認識しながら当該条項を存置したとまで認めるのは困難であるから、立法不作為を国家賠償法上の違法な行為と評価することは困難である。また、当該条項が存置されている以上、厚生大臣がこれを適用しないなどの行政処分を行うことは許されない。したがって、本件処分それ自体は無効とはいえない。
(3)規約人権委員会の「一般的意見18」については、国内裁判所による法令解釈を法的に拘束するものではない。
以上が紹介された判決理由の主な内容である。質疑応答においては、特に大阪高裁判決について、
(3)に関して、規約人権委員会の判断は国内法上拘束力を持たないとしながらも、実質的な論理において前述のセネガルケースと類似しているとの指摘がなされた。また、
(2)3.について、一昨年、弔慰金制度が制定されており、将来の事例においては「立法不作為」を理由に規約違反を主張することは困難であろうとされた。だが、この弔慰金制度においては、被爆者援護法と同様、居住要件が課されており(対象者が、平和条約により日本国籍を離脱した者及びその子孫、ならびに、帰化した者となっている)、金額についても極めて少額だという問題があるとの指摘があった。
さらに、(2)2.については、「外国人に対して同様の権利を保障するか否か」を立法裁量とすることは、社会権規約第2条第3項に反するのではないか、という質問がなされた。これに対しては、金東勲先生はそのような趣旨の主張をしていること、おそらく裁判所は、社会規約の履行自体が立法裁量に委ねられているから、それに包摂させているのではないか、という意見が出された。