調査研究

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2004.04.20
部会・研究会活動 <地域教育システムの構築に関する調査研究事業>
 
部落解放研究157号より
地域の避難訓練にみる教育コミュニティづくり
―大阪府茨木市立郡山小学校校区の「避難所生活体験」から―

大橋 保明(名古屋女子大学)

「消火(器)を一度でも経験したことのある人は、たとえその時はうまくいかなくても、次は必ずうまくいきます」。(消防関係者の話) 教育コミュニティづくりの取り組みにも通ずる話ではないだろうか。

(2004年1月17日フィールドノートより)

1 はじめに

  『学校を基地にお父さんのまちづくり』の著者で知られる岸裕司さんが、「秋津では防災被災訓練を兼ねた校庭での一泊キャンプに取り組みはじめまして…こうした取り組みは今後大切になってくると思いますよ」と話しておられたのを覚えている(2001年2月、第15回人権啓発研究集会)。また、災害とは別に、学校の内外で子どもたちが巻き込まれる犯罪が増加したことから、文部科学省は2002年度から「地域ぐるみの学校安全推進モデル事業」に取り組んでいる。

 コミュニティにおける何らかの不安や危機が人々や組織を結びつけることはそれまでも実感として持ってはいたが、教育コミュニティづくりの文脈においてそうした人々のつながりや具体的な取り組みはどのように位置づけられ、捉えられるのか、という問いには答えが出せずにいた。

そんななか、2003年1月、大阪府茨木市教育委員会主催の「地域ボランティアリーダー育成講座」のパネルディスカッションにおいて、コーディネーターを務める機会を得た。

 そのときのパネリストが本稿で取り上げる茨木市立郡山小学校の校長と郡山小学校校区青少年健全育成運動協議会の会長であり、事前の打ち合わせから講座当日、そして「避難所生活体験」への参加、と大変お世話になった。本稿では、前述の問いを解くヒントとして「避難所生活体験」について紹介し、教育コミュニティづくりの観点からその意義と可能性について考えてみたい。

2 茨木市立豊川中学校区にある郡山小学校

 2003年夏の第45回大阪府人権教育研究協議会夏季研究会の地域ネットワークづくり部会で茨木市立豊川中学校の実践報告を拝聴したが、郡山小学校はその豊川中学校校区にある小学校である(夏季研実践報告集úY93、198-200頁)。

 郡山小学校から豊川中学校や豊川青少年センターへは共に直線距離でも1.2‡q以上と遠く、国道171号線が校区を分断する形で走っているため、中学校区単位での活動が成立しにくく、子どもたちも青少年センター等での活動にはなかなか参加できない状況にある。しかし、「距離だけの問題ではない」と校長が言うように、そこには豊川地域とはまた別の地域課題・状況が横たわっている。

 郡山小学校は、1000世帯の府営住宅、1000世帯の分譲・賃貸マンションの計約2000世帯の団地に囲まれるように立地しており、奇遇にも前述した千葉県習志野市の秋津コミュニティ周辺の風景とよく似ている。府営住宅には、約40世帯の外国籍の人々、また高齢者も多く暮らしている。子どもに目を向けると、211名の児童・生徒のうち外国籍の子どもが9名在籍し、就学援助や単親家庭の比率も高い状況にある。このような社会的・経済的に厳しい家庭環境もあってか、日が暮れるまで学校で過ごす子どもたちも多く、学校活動への保護者の参加もなかなか得られない状況にあった。

3 「避難所生活体験」実施までの経過

  このような状況においては、子どもたちの活動の場が学校中心となり、保護者の学校への期待もますます高まってくる。その期待に応えるのが学校の使命であると立ち上がったのが学校教職員であり、PTA役員をはじめとした保護者であり、それを支える地域の諸団体である。また、学校からの呼びかけに集まった60代の男性14名で組織された「レスキューネット」の存在も大きかった。

 2002年4月からの学校週五日制の完全実施に向け、「子どものための学校週五日制を考える会議」(以下、五日制委員会)が立ち上げられ、2001年11月に第一回目の話し合いがもたれた。紙幅の都合上詳細は省かざるを得ないが、学校の授業時間に行われていたクラブ活動を廃止し、運営委員会や五日制委員会メンバーの協力のもとでそれが土曜日の活動として行われるようになったのである。毎月第三土曜日に実施される「サタデートライアル」は、主に学校関係者が中心となって多様な選択講座を行う「ハッピートライアル」(年8回)と長年にわたり青少年健全育成運動協議会が中心となって行ってきたもちつき大会などの「地域行事」(年4回)からなり、毎回70-80%の子どもたちの参加がある。また、「継続して力がつくクラブ的な活動にしたい」という声があがったことから、第三土曜日以外にも活動する卓球や英会話など六つの「サタデークラブ」が誕生し、子どもたちの約半数が参加している(2003年度のクラブ数は11)。

4 「避難所生活体験」の概要

<1> 「避難所生活体験」の様子

 2002年度最後のサタデートライアルとして2003年2月に取り組まれたのが、「避難所生活体験」である。午前10時に大地震が発生したとの想定で、隣近所の安否を確認することから始まった。学校の避難訓練を兼ねたこともあり、子どもたちは親や近所の人たちと共に続々と集まり、日頃学校とはかかわりの少ない高齢者や障害者も集まりはじめた。校庭に準備されたテント内で安否確認をしてからひとまず体育館に避難するのであるが、安否確認窓口には地域ブロック別担当者のほかに、在住外国人や聴覚障害者のための窓口が設けられており、外国語や手話を担当するボランティアが積極的に動いていた。安否確認が終了し、当日参加した約450名(内、子ども約200名)が体育館への避難を終えた時点で、茨木市の防災担当者からのレクチャーやビデオ上映が行われた。体育館の壁には阪神淡路大震災や災害時の対応などに関するパネルが展示され、参加者それぞれが防災について学べる場ともなっていた。

 その後運動場に出て、子どもから大人まで10人ぐらいを一つのグループとして、ボーイ・ガールスカウトの指導のもとで湯沸かしが始まった。大人たちが子どもたちに薪を取ってくるなどの役割を積極的に与え、また子どもたちが大人たちに「こうしたらええねんで」と知恵を授ける場面などが見られた。お湯がなかなか沸かないため遊びだす子どももいたが、ちょうどそのとき、校庭に大阪府災害時バイクボランティアのバイク五台が到着した。豊川中学校にある備蓄倉庫から非常食(災害時用保存食の炊き込みご飯、カニ玉どんぶり)を運んできてくれたのである。苦労して沸かしたお湯で、苦労して運んでもらった非常食を皆で分け合いながら試食し、別部隊で準備してくれていた炊き出し(豚汁)も味わった。その後、消防関係者による消火・救助訓練などを見学し、午後三時に取り組みは終了した。

<2>「避難所生活体験」に参加して

 まず感心したのが、サタデートライアルが取り組まれるまでの経過が第三者にもわかる形で、つまり文書化された資料としてきっちり残されていることである。学級・学校懇談会がいつ行われ、どのような意見が出されたのか。アンケート調査の結果から、郡山小の子どもたちのどのような実態が明らかになり、その課題解決のためにはどのような取り組みが求められるのか。学校教職員の多忙さ、あるいは保護者の消極性などから省かれがちなこうした作業がしっかりなされていることは、活動の発展的継承には不可欠であろう。また、資料を見て気づくのは、学校や地域の懇談会などさまざまな場で情報を発信している、つまり文書化された資料を毎回準備する機会があることで、そうしたものが自然と蓄積されているということである。

 しかしながら、実際に参加してみないとわからないこと、得られない情報もたくさんある。ここで、フィールドノートからいくつかの情報を拾ってみることにしよう。

 印象的な場面はたくさんあったが、ひとつは、体育館の入り口付近でひなたぼっこしながら話していた高齢者たちの会話である。「今日はいい天気やねえ。」「うーん、あれは豚汁かなあ?」「おいしいやろな。前のお餅もおいしかったしな。」「その前は何じゃったかな?」「…」。このやりとりからは、一般に学校とはかかわりの少ない高齢者も一参加者として学校を基盤としたサタデートライアルに継続的にかかわっていることがわかる。すなわち、打ち上げ花火的なイベントとしての「避難所生活体験」ではなく、継続的な取り組みの延長としての「避難所生活体験」の像が浮かんでくるのであり、この高齢者のほかにもたくさんの人たちが学校やこうした取り組みに愛着を持って継続的にかかわっていることが考えられる。

 ふたつめは、聴覚障害者に接する校長の姿である。聞いたところによれば、校長は保護者から手話を教わっているそうで、一人ひとりを大切にしながらコミュニケーションを図りたいとの想いから、たどたどしくも一生懸命手話に挑戦する校長の姿は印象的であった。校長が去った後、聴覚障害者と手話ボランティアとの間では、「あの方が校長よ」「えっ、校長! 校長が手話で…」と目を潤ませてのやりとりがあった。直接声をかけることはなかったが、「学校は安心できる場所であり、安心できる人がいる」と実感したにちがいない。大きな取り組みの中にも一人ひとりを大切にする気持ち、これが何よりも大切であることを再認識させられる場面であった。

5 地域課題に向き合う学校コミュニティ

 養成講座の打ち合わせのなかで、校長が「こうした土曜日の取り組みに参加していない子(来たくない子、来られない子)が現時点で九名いる。この子たちが参加できるような取り組みをしたい」と強く述べられたのを覚えている。この取り組みの意義として整理しておきたいひとつめの点はまさにこのことに関係していて、こうした一連の土曜日の取り組みに一度も参加していない子どもたちへの視点や配慮を常に持ち続け、さらには在日外国人・障害者・高齢者など「社会的・経済的に取り残してしまいがちな人々を忘れない取り組み」を大切にしているということである。

 その後、2002年度内に「避難所生活体験」やサタデークラブも含め、すべての子どもたちが何らかの活動に参加したとのことだが、学校外行事の取り組みであっても教職員全体がサタデートライアルの宣伝や出欠把握に積極的に協力することによって、参加していない子どもたちを把握できるのであり、学校の重要な役割として「来ない子どもたちが来る取り組みを知っておくこと」が可能となるのである。

 課題や反省も出されたようである。○同じ取り組みでは子どもはすぐ離れていく、○子どもにとって楽しいかという要素も重要、○子どもの主体的な参画(発想・企画・実践)をどう実現するか、○子どもにもっと役割を与えるべき、○安否確認が校区の51%にとどまった、など。

 2003年度の「避難所生活体験」は、阪神・淡路大震災10年目の節目を迎える2004年1月17日(土)に行われた。この詳細を小論に反映させることはできなかったが、○自治会の全面的な協力によって全2000世帯の安否確認がなされたこと、○ハシゴ車による訓練が実施できたこと、は記しておかねばならないだろう。また、来年度からは、こうした取り組みの大切さに気づいた地域側のイニシアチブのもとで「地域自主防災組織」が組織され、取り組みが継続される予定である。子どもを通して見えてくる家庭状況や地域課題を意識した取り組みを学校が中心となって行い、そこにかかわる地域の人々や組織が協働作業を通じてつながっていくなかで、身近な地域課題や子どもの状況、学校の課題が意識されるようになり、そこから学校を包含するコミュニティ全体が少しずつ動きはじめるのである。

 一般に、「学校を中心に」というと伝統的な学校中心主義への回帰だとの批判を受けそうであるが、本事例をはじめとして、教育コミュニティづくりの文脈において「学校を中心に」というときには、こうした学校の新しい力、あるいは地域課題の解決にも寄与する"学校の価値"をもう一度見直しながら、教育・学習活動を通じて、学校だけ、あるいは地域だけでは成し得ない地域づくりに取り組んでいくことではないかと現時点では考えている。


付記 温かく調査者を受け入れてくださった学校教職員・保護者・地域関係者の皆様に心より感謝申し上げるとともに、地域教育活動のますますの発展をお祈りいたします。