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2008.04.10
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「職業と世系に基づく差別」に関するプロジェクト
2006年6月24日

移民社会にみるカースト差別 イギリスからの報告・所感

中村隼人(元キール大学(英国)助手)

本国におけるカースト差別と移民先におけるカースト:キャンパス周辺で

南アジア、おもにインドからイギリスに移住してくる方々の、移住目的は様々です。他の地域とは違い、イギリスは実質的に南アジアの全ての国を植民地にしていたので、労働や教育(留学)、そして家族の呼び寄せなどをきっかけに、イギリスに渡る南アジアの人々が伝統的にいます。その中で、教育を理由にイギリスに「移住」することは、移民社会におけるカーストを考えるうえで重要です。植民地主義により、植民地における社会システムが多少の違いはあっても、宗主国の社会システムを淵源に発展したため、旧植民地の社会において宗主国で学ぶことが旧植民地社会での仕事に意義をもち続けるということがあります。私も、イギリスでインドをはじめとする南アジアのことを学ぶことができましたし、もっとさかのぼればアンベドカル博士も、そしてインドの私の上司だった草の根活動家もイギリスで学んだ経験があります。もちろん社会科学の専攻でなくても、教育システムがイギリス風であったために、今でもイギリスの大学には多くの南アジア系の学生がいます。

国連本体とは独立して、移住問題について取り組んでいる国際移住機構(IOM)は、その活動の基本となるIOM憲章において、「移住」を次のように理解しているとPerruchoudは述べています。

(IOMにおける「移住」)という語は、移住しようとする意思が個人的な関心、「個人の利するところ」によるもの、他の外からの干渉がない場合の、全ての移住を含むものである。

Perruchoud, "Persons Falling Under the Mandate of the International Organization for Migration (IOM) and to Whom the Organization may Provide Migration Services" 4 International Journal of Refugee Law 205 at 209, (1992).

そして、2003年のIOM報告書によると、IOMの移住の基準として、1976年の「国際移住統計に関する国連宣言」において、移民統計の対象を、「出身国に1年以上継続して暮らしていた人が移住国に1年間以上滞在した人々」としているのをおもに採用しているとしています。 (p.295) 実際には、それでは1年未満の人はどのようになるのかなど、様々な議論が報告書で話されていますが、少なくとも、元イギリスに留学していた「私」も実は「移民」だったのです。

もちろん、南アジアからイギリスに移住するというルートは、留学だけではありません。しかし、イギリス生まれの南アジア系の人々が、実際に南アジアで起きているカーストの問題に直接触れる機会としては非常に重要だと思います。また、イギリスをはじめ先進国では高度技能移住プログラムというものを設けて、学歴・技術力の高い移民を集めようとしています。実際に、私の周りでも多くのインド人やネパール人がこれに応募して、留学をきっかけにイギリスに定住する道を模索していました。

それではキャンパスで、あるいは学外で、こうした学生から聞こえてくる「カーストの問題」はどの様なものがあるでしょうか。一部の高位カースト、ブラーミンを除いては、私がインドに行き、カーストの問題に取り組み、それを日本やジュネーブで取り上げようとすることに南アジア出身の人びとの間で抵抗はありません。ちょっと変わった人だと思われますが、これをことさらに反対するという人は少数です。しかしながら、言葉の端々に、いろいろな「カースト」問題が飛び出してきます。ここで少しご紹介しておきましょう。

State Bank of Indiaの事務はのろい-ダリットが行員として優先して採用されているからだ。

Bさん IT/MBA ボンベイ出身 ポルトガル系の末裔、カトリック

Bさんは、私が大学寮にいた時代の親友の一人ですが、ウクライナやアメリカ、ドイツでの生活経験があり、他のインド人とはあまり接しない人でした。もちろん、私がカーストの問題に関わって、インドの片田舎まで行き、ダリットとともに活動をしていることをよく知っています。普段はこういうことを言わない人なのですが、インド生活の話をしたときに、ポロッとこういう言葉がでてきました。

このことからしばらくして、ロンドンの仲間とともに、被差別カーストからの企業採用枠の目標値を定めた「アンベドカル原則」を作ろうとしていたとき、デリーからきた全国ダリット人権キャンペーンの代表ポール・ディヴァカーさんは、こうした特別採用枠で、頭脳のないダリットがそこかしこに配置されていると他の人々から見られ、なかなか理解されないというようなことを言ってました。ポールさんの話を聞いて、背筋が凍るような思いがしたのは言うまでもありません。

S.は初対面で、お前はダリットだろうと聞いてきた。

Vさん 医者(女性) プネー(マハラーシュトラ州)出身 ナショナリスト
Sさん 会計士/MBA(男性) カルカッタ出身 「ミドル・クラス」

Vさんは、マハラーシュトラ州出身で、少しナショナリスト的な発言の多い人でした。一方、このSさんは学寮時代には部屋が近く、その後、寮を出て助手生活に入ってからはハウスメートでした。先ほどのBさんはメールでのやりとりが主でしたが、Sさんとは月一回は必ず電話で話すほどの仲良くしていました。二人とも、私がダリット関係の活動をしていることを知っています。この発言は、ジュネーブから帰ってきたばかりの私がジュネーブでやっていることを話した途端に出てきました。

Sさんは仲が良いということもあり、日本にもカースト差別があることやタミルナドゥでの私の活動についてよくよく言い聞かせている部分もあると同時に、学寮時代から、俺のものはお前のものとばかりに勝手に人の部屋に入ってきては研究所の「日本の部落」というパネル冊子をぱらぱらとめくっていたりしていましたし、ロンドンの仲間のところに遊びに行くときに一緒についてきたこともあって、私が何をしているかはかなり分かっているかと思います。最初は、中村がダリットのことをやるのをあまり面白そうには思っていなかったとこちらは感じたのですが、友人だということもあり、しっかり聞いて見るチャンスだと思ってもはぐらかされるなど、いまいちよく分かりません。但し、今でも、こちらは、Sさんはあまりよくは思ってくれていないと感じるのですが、絶対Sさんはそれを否定することも分かっています。はぐらかしの言葉になるのか、あるいは彼が発言する言葉として気になるのは、彼が自分のことを「ミドル・クラス」というように言うことです。彼はブラーミンではないのですが、とにかく「普通」と言うことを言うのによく「ミドル・クラス」という言葉を使います。

私は、イギリスに渡る前にインドに滞在していたのですが、イギリスの大学の授業において、カーストの問題に関する講義をする際に必ず見せるスライドがあります。インドの村における「開発」の問題です。開発前のダリットの村におけるトイレはぼろであってもしっかり囲いはされているのですが、開発後のトイレが目張りもなくコンクリートであっても外から丸見えの様子になっています。ここで、人間としての「尊厳」というものを目に見える形で学生に示すのですが、Sさんは、さすがにこれはひどいという風に行っていました。ただしここまでひどいカーストの扱いは、彼は見たことはないとのことです。

このSさんで面白かったのは、長い間、中村が日本のダリット、すなわち部落出身だと思っていたことです。だから逆に、なぜダリットのことをやろうとするのか、理解できないのかもしれません。ですから、半分、ちゃかすこともあって、Vさんに上のようなことを言ったりしたのだと思っています。このVさん、珍しい姓なので、不思議に思うことは良しとしても、すぐ格付けするのは「頂けない」かと思いました。でもさらに面白いことは、普段の言動では、このVさんのほうが「頂けない」ことが多いことです。先ほどのせりふでは、ダリットと一緒にされたことに結構興奮していましたし、インド人は皆国旗に敬意を表さなければいけないのに、映画館では起立しないだとかのナショナリスト的な発言をしていたりしていました。一方、それほどインドに執着心の無いSさんが中村に理解を示したり示さなかったりといった具合で、それぞれの中にあるカーストはかなり複雑なのかなあと思っています。

また、中村がイギリスの大学の授業でカーストの話をするときに、よくスライドを使って、タミルナドゥのことを紹介するのですが、イギリスであれ、日本であれ、必ず紹介するスライドというものがあります。イギリス人には、もっとカーストにちなんだ虐殺事件とかそういう激しい人権侵害のほうが実は受けが良いのですが、このトイレの例は人間の尊厳というものがどの様な形で無視されているかという、実例として使うようにしています。Sさんも欧米的なセンセーショナルなキャンペーンに関しては、別にダリットだけではなく違和感を覚えているようでしたが、この実例は、これがひどいのはよく分かると言ってくれました。別の話になりますが、イギリス全土では動物愛護の団体というのが非常に強い力を持っていて、ロンドンの街中でも動物実験の本当に生々しい写真を街頭に並べて署名を集めたりしていますし、伝統的な狐狩りが地元の強い反対をよそに禁止される法案が通ったりしています。捕鯨をHuntingでなくKillingとして、血を流す鯨を繰り返し放映していたのはIWC総会ででも記憶に新しいのですが、こうしたメディア戦略が人々の意識にうまく侵入していっています。ですから、私も(もちろん虐殺事件等は本当にあったものを並べているのですが)、ダリット差別の本質を正しく伝えるのか、伝わるように加工して伝えるのか苦慮するところです。しかし、Sさんだけではありませんが、こうしてイギリスにやってきた南アジアの人と話すときには、1秒で伝わるセンセーショナルなものよりも、時間をかけて本当のことを伝えるのが、なぜ国際的に取り上げるのかということを理解してもらえるということも分かり、どっちつかずというところが現実です。

ここまで話した中身がすべてインドからイギリスに直輸入された話を持ってきたものであって、「完全なるイギリス移民社会の様子を聞きたい」と思われた方は、正直つまらないかと思います。でも、Bさんはロンドンに、Sさんはスコットランドとチェスターにそれぞれ親戚がいて、クリスマスの際に「帰郷」したり、親類の結婚式の際に動員されたりと、皆さんが思い描くような「イギリス移民」の生活をしています。現在は、Bさんはバンガロールに、Sさんはカルカッタにいるのですが、おそらくSさんは機会があればイギリス移民に完全になるのではと思っています。

それでは、イギリス生まれの移民系の人からどの様な発言が出てきたのかご紹介しましょう。

パキスタン系のイギリス人の名前はKhan(カーン)-これは、カーストを隠すため。

M. Khanさん(男性:パキスタン系) ウォーソル(バーミンガム郊外)出身

残念ながら、中村が住んでいた地域は移民といえばまずパキスタンからの移民、続いてバングラデシュからの移民といった具合に、イスラムの影響が色濃くある地域でした。ですから、今回「ヒューマンライツ」に寄稿したようなシク教寺院、ヒンズー教寺院、そして仏教寺院よりは、むしろモスクを多く見る機会があったのですが、パキスタン系の人からもこうした発言が出たのには驚かされました。映画「パパの国・僕の国」East is eastでは、マンチェスター市内のサルフォード地区に住むパキスタン系イギリス人家庭の様子を、子どもの結婚なり割礼なりといった通過儀礼を通じて描いたものですが、この家庭も「カーン」さんでした。

やっぱり結婚となると親が相手をよく見て、カーストに分かれるんじゃないのか。

南アジア系女性 (学部生)

これは、私の指導教官、パトリック・ソーンベリー先生の授業にアシスタントとして出た際に、学生に議論させた際に出てきた発言です。南アジア系のイギリス人だろうが、インドからの留学生だろうが、慣れという部分は合っても、普段は普通にイギリス人のような生活をしています。但し、南アジアからの伝統が飛び出すような行事に際して、ふとしたときにカースト問題が再燃してしまうようです。

えっ?あなたの国には階級はないの?

Nさん MBAコース インド系男性 ルートン(ロンドン郊外)出身

これは、私に直接言われたものではなくて、私のハウスメートが、先ほどのBさんと同じコースにいたNさんが言っていたと聞かせてくれたことです。個人的にはこのNさんとは面識があるぐらいでそれほど親しくなかったのですが、英語の話し方も何もかもすべてがイギリス人のような印象を受けたことを覚えています。先ほどの授業の話ではありませんが、イギリスでカースト問題を取り上げようとすると、イギリスにもある階級制度との比較が始まります。そして、概して、特に私の住んでいたイングランド北西部においては、パキスタン人移民街などが労働者階級仕様の赤レンガの長屋でできており、比較的容易に階級差というものを感じることができるかと思います。南アジアのカーストとイギリスの階級社会を簡単に並列してよいものかとは思いますが、イギリス生まれで本国をよく知らない人たちにはカーストをそうした捉え方で見ているのかもしれないという印象を受けた次第です。

ちなみに、M.Khanさんは7歳の時に一度パキスタンに行ったきりで、無理やりウルドゥー語を習わされたこともあったけれども、ほとんど話せない、Nさんに至ってはインドに行ったことがないと聞いています。

本国におけるカースト差別と移民先におけるカースト:帰省・出張の中で

さて、皆さんには、既に、小生が「ヒューマンライツ」に寄稿した記事をご覧になっていると思います。そこでは、ロンドン郊外、とは言ってもパディントンから電車で20分もあれば着いてしまうほどのサウソール(大阪で言えばさながら神戸空港に行く途中の、尼崎とか、西宮といった具合でしょうか)の訪問記を中心に書きました。もちろん、サウソールはもっとも大きい部類に入るでしょうが、イギリス各地にはたくさんの移民街があります。イングランド北部には、リーズとブラッドフォードという、移民が多く住む町があり、最近は再開発が進んで、リーズもいろいろな富裕層が戻ってきたといわれていますが、貧しい移民が多く住むというイメージがあります。先ほどの映画「パパの国・僕の国」ではブラッドフォードのことを「ブラディスタン」と揶揄するほど、パキスタン系の人々が多く、南アジア系の人たちだけでも人口の半分を占めます。リーズは2005年7月のロンドンのテロ事件で、容疑者が育ったとされる町です。しかし、ここから30分ほど離れたところにある町、ヨークは城壁のある観光都市で、しゃれた家屋に白人の人ばかりが目立つといった雰囲気で、私もイギリスを離れる直前にここを偶然訪れ、今まで私が過ごしていたイギリスは何だったのだろうと思いました。

私が住んでいたウェッジウッドの本社があるスタッフォードシャー州北部には、人口20万の中心となる都市「ストーク・オン・トレント」があり、その隣に人口5万の「ニューカッスル・アンダーライム」という町があります。町はいろいろとすみわけができていて、学んだ、そして働いていた大学はニューカッスル・アンダーライムの方にあり、ほとんどがいわゆる白人がすんでいるのですが、ストーク・オン・トレントに行くに連れて、赤レンガの濃い、労働者風の町並み、そして次第に廃墟が広がり、F*CKなどといった「低俗」な英語表現が普段から聞かれ、そしてストーク・オン・トレントの駅前地区「シェルトン」はパキスタン人移民が多く住む、町では1,2を争う治安の悪い地区になっています。マンチェスターやバーミンガムといった都市へは、頻繁に遅れる電車を使えば一時間ちょっとでたどり着けることができますが、これらも今は移民なしでは語れないほど、移民の中心地になっています。バーミンガムの名物「バルティ」は、中華なべ風のなべに入ったバーミンガムカレーのことで、まさに移民が町のカラーの象徴となっています。

さて、こうした町を歩くと、エミレーツ航空(ドバイ・アラブ首長国連邦)、エア・インディア、パキスタン航空などの代理店が数多く見られます。実際にロンドンのみならず、バーミンガム空港やマンチェスター空港から、インドやパキスタンの地方都市、あるいは中継地となる中東諸国へ多くのフライトが飛んでおり、私も友人の結婚式のためにイギリスからパキスタンに行ったときには非常に重宝をしました。このフライトの多さが物語っていると思うのですが、「行き来する移民」というのが、本日指摘したいもう一つの重要なポイントです。

先日、インドに関する書籍を読んでいましたら、このことを端的に書いている箇所がありました。

今は昔の「悲壮感」
少し前まで、海外のインド人は帰れぬ故国に思いを抱いていた・・・(中略)・・・。[しかし今では、]毎年のように里帰り(国際線航空の異常な混雑振りは、オーバーブッキングの多発など社会問題化している)したり、電話や電子メール年中やり取りしたりと、遠く離れている実感も薄れた。・・・(中略)・・・子どもをインドに留学させたり、同じカーストや出身地に結婚相手を探しに帰ったり・・・。インドの正当や宗教、文化団体は海外支部を作り、そうした故国に思いを寄せる移民たちとインドの仲介を巧みに演じながら海外での資金集めに余念がない。

(関口真里「世界に広がるインド人コミュニティーの今昔」、『ワールドカルチャーガイド9:インド 魅惑わくわく亜大陸』、トラベルジャーナル社所蔵、81ページ。)


実際に、国際ダリット連帯ネットワークの会合とアンベドカルセンターで一緒だった、コンピューター・エンジニアの方が、部落差別に関して読めるものがあったら是非日本から送って欲しいといわれ、送付先の住所を聞いてみれば、なんとボンベイでした。もちろん、クリスマスや家族の結婚式といった行事はもちろん、私の知り合いなどでも一年の1・2ヶ月はインドなり、南アジアの他の地域に派遣され、そこで仕事をするといった方も多いように思います。

このような状況を見ると、彼らがインドのダリットの問題を、あらゆる機会を通じて捉えようとするのがなんとなく理解できます。もちろんこうして国際連帯を組んでいるわけですから、日本からのニュースも重要ですが、国際ダリット連帯ネットワークをはじめ、イギリスの連帯ネットワークの中で回覧されているニュースはもっぱらインド、続いてネパールに関するニュースです。欧米でこういう活動をすると、政府から潤沢な資金を受けた財団や、開発団体、宗教団体が、博愛主義のもと、ダリットの権利の運動に関わっているというイメージをもたれる方も多くいると思います。もちろん、その事実は否定しませんし、そういうまなざしで連帯を組んでいる方々も多いのも事実です。しかし、少なくとも、今のイギリスとインドや他の南アジア諸国を比べると、日本とハワイ・ブラジルといった移住のルートと比べて、明らかに密接に、そしてインド社会またはイギリス社会と何か連続性といったものが感じられます。そして、連続している社会ですから、いざ結婚となったときに同じカーストの相手を探そうと思えば、ブラジルで日本人を探すよりはるかに楽に探すことができる、そしてはるかに気軽に呼び寄せることができるのは言うまでもありません。

カーストを見ることとダリットを見ること

これまで紹介したような実態に気づくのには、実はかなり時間を要しました。というのも、連続性のためにどうしても関心の中心は本国になってしまうのです。インドでは、ご存知のように毎日のごとくカースト主義に起因した暴力事件をはじめ、様々な類の『明らかな』差別事件がおきています。日本では、法的な問題等はさておき、表面上は、問題はなくなったかのように思われる中、社会にでてみると雇用や婚姻の場での戸籍の不正取得やインターネットに象徴されるような、『陰湿な』差別事件が起っているのが特徴といえるでしょうか。

以前、飛行機のアレンジがうまくいかなかった反差別国際運動の代表、ニマルカ・フェルナンドに代わり、ジュネーブの人権委員会のブリーフィングでスリランカにおけるカーストの問題について発言をした、全国ダリット人権キャンペーンのヴィンセント・マノハランさんは、スリランカのカースト問題は『Subtle(微妙な、捉えがたい、知らぬ間に作用する)』だという表現を使っていらっしゃいました。ヴィンセントさんがどの様な実態を捉えてこのような表現をしたのかは、私がスリランカのカーストを見ているわけではないので、よく分からないのですが、イギリスのカーストはまさにこのSubtleという語がしっくりと来るかと思います。本当に頑張って直視しようとしないと見えてこないのです。関口真理さんも同じ場所で指摘しているのは、カーストなどの伝統を移民先で見直し、人々が保守化するということです。しかし、移民である人々はインドとの行き来において、インドではカーストを再燃させるものの、戻ってきたら、人それぞれというのが実態だと思います。まだ、全く解明ができていない部分、一概に「保守化しているのか」とは断定できるようなものではないと思います。

そのような中で、一つ分かるのは、ダリットの文化など弱者のアイデンティティが行き来の中で、明らかに「殺されている」ことかと思います。先ほどのキャンパスの会話でのKhanさんの発言でもそうですが、イギリスから見るインド的なものにはダリットのものは入ってきません。ジュネーブで知り合ったロンドン大学のインド人は、ハイデラバードという都市の出身なのですが、ここは私のお気に入りの「チキン・ビリヤーニ」(インド風鶏肉ピラフ)の本場であり、それが大好物であることを伝えると、彼女は逆に私がインドで滞在していたマドラスが、ダリットフードの最高峰「ビーフ・ビリヤーニ」の本場で、インドに帰ったら、まずはそれを食べたいといっていました。チキン・ビリヤーニはロンドンでも探すことができるのですが、ビーフ・ビリヤーニは狂牛病が流行ったせいもあるのかどうか分かりませんが、見たことはありません。イギリスの激しい動物愛護運動もあり、もしかしたらイギリスのベジタリアニズムが重層的にダリットの文化を見えなくしているのかなという印象も最近は持っています。

またキャンパスに話は戻るのですが、イギリスに渡ってから最初の学術的な行事は、偶然開かれていたフェミニスト法学のセミナーに出席することでした。キール大学の法学部はデリー大学の法学部と共同研究などを始めていて、デリーからも参加者が何名かいたのですが、彼女たちの発表はカースト主義を取り上げつつも、例えば「上位カーストの婚姻習慣法」といった具合に、関心は上位の方にあり、その後アカデミックな場で議論してもカーストを捉えるときは階級の全体を捉えなければ見えてこないといった見方が多く、なかなかダリットからの運動を見るといったことに積極的な印象は受けませんでした。

「ヒューマンライツ」には、バラタナーティヤムに励む移民の子どもたちや、コミュニティラジオを通じた上位カーストの文化の消費を指摘しましたが、これらはしっかり研究がされ尽くしたものを、町の風景に見つけたに過ぎません。今、思ってみれば、上に述べたようなことが、断片的にぽろぽろと出てきます。

ただし、私が日本から外に飛び出して、日本料理を食べるレストランで、部落料理、例えばモツ鍋やホルモン焼きを注文するかといえばそうではありません。日本料理といえば、すし、てんぷらといった高級品が並ぶことは皆さんもご理解できるかと思います。ですから、ダリットや部落のような被差別階層の人々がはぐくんできた文化が、「国際化」のイメージの中で消されていくということは、少なくとも移民社会に言えるのではないかと考えています。そういう意味で、国際連帯を図るということの重要性を感じることができます。

サウソールを訪ねて

イギリスで暮らした2年半の間、これまで述べたような『カースト』の環境化の中で暮らしてきたわけですが、滞在を終える一ヶ月前になっていろいろとロンドンを訪ねる機会があり、そこで、全国ダリット人権キャンペーンから派遣されてサウソールでのコミュニティ活動を展開してきたサヴィオさんに、サウソールを案内してもらいました。今回、部落解放・人権研究所のご協力で「ヒューマンライツ」にて、その訪問記を掲載させて頂きました。

ここからは、コミュニティの中からの話です。もちろんこれまで述べた文化の問題は共通する部分なのですが、コミュニティ活動をしていたサヴィオさんと町を廻って気がついたのは、宗教による人々の分化です。そして、その文化を伝える道具としてのコミュニティラジオ、さらにはイギリス社会との軋轢ということを含めた複合差別ということも見えたような気がします。複合差別が単に二重差別といわないのは、ここでは、「移民社会では文化が保守化してダリット差別が強くなる」ということではなく、あるときはカーストも関係なし、あるときはカーストがでてくる、あるときはイギリス文化から、イギリス人の南アジア文化一般に対するステレオタイプからダリットが消される、いろいろな方向性があるということです。このようなポイントを踏まえて、「ヒューマンライツ」に寄稿させていただきました。

サウソールに関しては既に文字に起こし、研究所のウェブサイトでも紹介しておりますので、本日は未公開の写真を見ながら、バーチャルに見ていただきたいと思います。

まず、サウソールの位置から確認していただきたいと思います。この地図を出すにあたって、周辺のいろいろなコミュニティも地図内に含んでしまいましたのでご紹介します。Ovalのクリケットスタジアムがある近くには、ブラジル人青年がテロリストだと誤射された現場であるStockwellがあり、周辺はポルトガル系・ブラジル系の人が多く住んでいます。西に大きく移動すると、ヒースロー空港の手前にはハーンスローがあります。この地区はインド系イギリス人少女を描いた映画「ベッカムに恋して」でも紹介されました。この映画にはイギリスでのインド人の結婚式の様子が映像化されているので、是非見ていただきたいのですが、これがイギリスなのかと目を疑うほど、インド式の結婚式が移植されているのが分かります。この裏にはインドとイギリスの密接な移動や、その他の情報交換があることは本日述べたとおりです。

また、先ほどのロンドンの路線図をウェブで探した際に、もうひとつ面白いものを見つけましたのでご紹介します。多国語の路線図です。国際言語と並んでインド系の言葉が並んでいるのが良くわかるかと思います。自動販売機ではヨーロッパの国際言語と、観光客を意識してか、日本語が使えるようになっているのですが、生活者として使うものを多国語でだすとなると、このような状況になるわけです。

サウソールに行くには、ロンドンの中心駅の一つ、パディントン(ロンドンの「難波」)からヒースロー域の電車に乗って、15分ぐらいで到着します。既に「ヒューマンライツ」に書いてあるように、インドの外では唯一のグルムキー文字による駅表示があるのがサウソールです。この回りには、テスコなどといった世界的なスーパーマーケットチェーンではなく、こうした大規模なインド系のスーパーマーケットが幅を利かせていて、米から豆から紅茶から、大袋単位で売っています。

町にはインド系の文字がたくさん並んでいます。これはスーパーマーケットから道をはさんだ反対側にあるキリスト教会でとった写真ですが、左から英語、ヒンディー語、パンジャビー語、ウルドゥー語が並んでいます。

さて、サウソールの宗教寺院をご紹介したいと思います。イギリス全体では、南アジア系移民、特にインド人の中でも、大多数を占めるのがパンジャブ人です。パンジャブはヒンズー教のカーストを批判して発展したシク教の本流で、圧倒的にこの地区はシク教寺院が多いです。しかし、ヒンズーを引きずっているので、寺が細かくカーストに分かれてしまっていて、その中でも「グルドゥワラ」ではない寺院がダリットの寺院になります。最初のスライドは駅のすぐそばにあるグルドゥワラ、続いてはちょっとイギリス風のグルドゥワラ、住宅街の中にあるグルドゥワラ、そして大理石のグルドゥワラです。なぜこんなに一杯あるかというと、これらも細かいカーストに分かれているということです。どこのグルドゥワラの回りも日曜日には車で遠方から駆けつける人もいて、特に際高カーストの最後の大理石のグルドゥワラの回りは大渋滞になっており、かなりの数の交通誘導員の人たちが出ていました。しかも、この大理石のグルドゥワラは地下駐車場完備です。

インドからは、たびたび寺院に関してダリットの人が特定の寺に入ることができないであるとか、そういうニュースが伝わってきていますが、少なくとも、ここでは勇気を振り絞れば誰でも入ることができます。中村も大理石のグルドゥワラに入ってお参りをしてきました。入り口が男女別に分かれていて、靴を脱ぐ特別なスペースで靴を脱ぎ、オレンジか黄色の三角巾のようなものをかぶって髪の毛を隠し、礼拝スペースでお参りをしてから最後にご神体の代わりとなるギー(油を固めたもの)をもらい食べます。食堂が併設されていて、誰でも無料で朝昼版の3食を摂ることができます。

中村のような異邦人にも開放されているのですから、当然関係はないのですが、移民先でもいくら誰にでも開放されている、カーストを否定しているとはいえ、最終的にはそれぞれが自分の寺を持つことに執念を燃やします。結果として、カーストに分かれた寺院というものができてしまいます。

もちろん、ダリットの寺も訪問しました。丁度陰になるような柱もあったので、失礼ではあるのですが、中の様子も一枚撮らせて頂きました。先ほどの、大理石の高カーストのほうは礼拝堂にステンドグラスが立ち並んでいて、明らかに様相は違うのですが、他の寺院の概観を見ている限り豪華さ等はそれほど問題ではなさそうです。何が問題かというと、解放されたはずのカーストに実は静かに分化していて、これが結婚など家族の行事になるとまた現れてくるということです。サヴィオさんは全部の寺院を廻ってもいいよと進めてくれたのですが、全部廻るとギーで胃から何からギトギトになるので、中に入ったのは結局この二つにとどめておきました。

さて、シク教の寺の他にも、先ほどご覧頂いたキリスト教会、そして仏教、ヒンズー教の寺院があります。このサウソールのコミュニティ訪問が実現したのは、実はイギリスのダリット連帯ネットワークのタミル人スタッフが、サウソールについにサブカーストのヒンズー寺院ができたという話を伝えてくれたので、それに食いついたということだったのですが、ついにダリット・サブカーストのヒンズー寺院までできてしまったというのがかなりイギリスの運動家でもショックだったとのことです。

そのような中でも、サヴィオさん曰く、コミュニティにおいてカーストの問題を積極的に語ってくれたのはアンベドカル派の仏教徒の人たちだったということです。イギリスにおけるアンベドカル派仏教徒の中心地でもあるアンベドカルセンターは、先ほど見たダリットのヒンズー寺院の隣にあります。イギリスにおけるダリット自身における、(インドの)ダリット解放運動の拠点でもあり、またサヴィオさんがコミュニティ活動を始めてイギリス内の問題を提起できたのもここからでした。いくら人権運動の拠点といえども、宗教施設ではあるので、中に入ってみると、仏画、それに並んでアンベドカル博士の肖像、周りには書籍が並んでいます。サヴィオさんが、ダリット解放の仲間だと 紹介してくれたので、アンベドカル博士による「仏陀とダンマ」という、アンベドカル派の中心となる書籍をはじめとして、そこら中にある本をくれたのですが、実はこれらの本の出版先は台湾の仏教会でした。

二回目にここを訪ねたときには、瞑想会があり、その際に昨年9月に行われた世界中のアンベドカル派をはじめとする仏教徒の交流会があったことが報告されたのですが、台湾や韓国からも僧侶が招かれたそうです。丁度、この日は中村だけでなく、インドのダリットの国会議員も来ており、ニュースレター用にと頼まれて撮ったのがこの写真です。この写真の右から二番目の男性の手にある紙筒は、新しく建設予定の寺院の設計図で、このときに建設が決まった旨報告がありました。

ここまで見ると、ダリットの運動が果たしてインドの運動なのか、イギリスの運動なのか、博愛運動なのか、人権運動なのか、宗教運動なのかよく分からないかと思います。このよく分からない中で、カーストを語り合いながら、インドの問題への取り組みを通じて、「気づき」があり、エンパワメントがあり、ここまで来ているというのが実情です。このような中から、カーストウォッチUKといったイギリスのカーストにフォーカスを置く団体、そしてマイノリティグループの中におけるヒンドゥー主義の監視といった活動が生まれてきました。但し、宗教によってこうしたプロセスに差があり、やはりアンベドカル派の人たちが一番熱心に取り組んでくれているということです。ダリット連帯ネットワークUKでは、2006年のイギリス政府の人種差別撤廃委員会への報告書をにらんで、イギリス内でのカースト問題の調査を行っており、その調査票の配布も、ここが出発点でした 。

もう一つ、コミュニティ訪問で目に付いたのはコミュニティラジオの多さです。イギリス自体、特にFM派のラジオ放送が豊富で、最近はBBCなどのようにインターネットラジオで南アジア系の人々向けに放送を流すことも多いです。テレビもZeeTVというテレビがケーブルですがあり、多くの南アジア系の家庭では地上波5局とZeeTVが入っていると思います。もちろん、ラジオやテレビだけでなく、南アジアのいろいろな文化がイギリスに来ていて、添付資料として本日つけた中に「Indian YMCA」の案内カードをスキャンしたものを入れましたが、こういう施設もあり、テレビはもちろん地上波5局とZeeTV、無料でついている朝と夜の食事はもちろんインド式という形です。こうした「文化」の部分で、ダリットの文化が紹介されないというのは、私がタミルナドゥにいた経験からもなんとなく分かる気がします。現地のコミュニティで聞いたような太鼓の音楽が流れてきません。但し、これがどれだけダリットの存在を都合よく見えなくするのかは分かりません。DSN-UKのシンポジウムでも、移民の運動家からこうした声があがっていますが、さてどの様な方策が必要かというところが難しいところです。

現在、国際ダリット連帯ネットワークの共同プロジェクトに関わっている旨は、冒頭の自己紹介で申し上げましたが、これはカースト差別に対抗するための国際基準を使うためのハンドブックを作る作業です。その中で一番よく分からないのが、ユネスコなどが行っている文化・教育に関する基準で、よく「ソフトアプローチ」といわれていますが、何かこうした部分に、ダリットの文化を入れていくために利用できないかと考えているところです。

本日、実は「実演」の部分で、もしこの発表の場でインターネット接続ができるのであれば、皆さんに是非このコミュニティラジオを聞いていただこうかと思ったのですが、この部屋にはインターネット接続が無いそうですので、是非、ご自宅でインターネットにアクセスして、聞いてみてくださればと思います。これまでの発表を正当化するわけではありませんが、私はよくBBC Asiaを聞いていて、イギリス各地の南アジア系の人に加えて、留学生が電話出演だったり、クイズに答えたりとか、メッセージを送って来たりということがあったのを覚えています。ある意味、新鮮な南アジアの血をイギリスに入れる手段として、コミュニティラジオ放送は役立っているように思えました。

こうした、雑多で断片的なことばかりがある状況の中で、DSN-UKにも本当に雑多な人たちが集まって、雑多な活動をしています。繰り返しになりますが、イギリス内のダリットの人から、キリスト教系開発慈善団体や人権団体が集い、インドのことから、最近になってイギリスや国際連帯のことまでをやっているのが現状です。イギリス内のネットワークは、今回のイギリス内リサーチで、サウソールだけでなく、イギリス中部のバーミンガムやウォルバーハンプトンなどでもできたように、次第に広がっていっています。実は、これは移民コミュニティのネットワークを利用したものともいえます。イギリスの長距離バスは、大手はおおよそビクトリア駅の近くにあるバス乗り場から出ているのですが、南アジア系の人たちは、安価で乗ることができる、もう一つのバスネットワークがあり、サヴィオさんも次なるアンケート用紙配布のためにこのバスに乗ってバーミンガムに向かっていました。

国際連帯に関しては、まだまだ始まったばかりで、これまでは本当に国際連帯で、どの様にインドを中心とした南アジアを変えていくことができるかといったことを考えていました。しかし、ネパールの問題が熱く取り上げられ、インドから少し視点が広がった中で、中村やら、そして昨年12月に大阪にも来たセネガル人のアブドゥル・カマラがイギリスにいるということもあり、国会内で世界中の門地差別についてのブリーフィングを行うこともできました。ここには、DSNUKの代表のデイヴィッドさん、そして次の人事改変で代表になる国会議員のジェレミー・コービンさんのほか、ウォルバーハンプトン選出の議員も着ていました。また、イギリス内にはこの問題に取り組む世界的な研究者も何名かいるので、日英の交流によっていろいろ深めていける部分というのはあるかと思います。

英国内のダリット、特に仏教徒の人々にとって、日本の関心はなんと言っても仏教かと思います。そうした意味で、同宗連のような方々がイギリスに行ってみる、あるいはインドでの世界会議でイギリスの人たちと交流するということは本当に意味のあることかと思います。また、メディアの問題はBBCのような巨大化したメディアを抱えつつコミュニティも塵の数ほどあるイギリスと、独占メディアとインターネットなどで手におえなくなってきたようなメディアを抱える日本とは、何か交流するにふさわしい部分があるかと思います。但し、移民社会ということを考えてイギリスを見た場合に、これを例えばブラジルやハワイに移民した部落の人たちと同列に見るのは難しいかなと思っています。何回も申し上げている通り、イギリスの移民社会はインドの延長であり、インドが旧英国植民地であることを考えると英国、イギリス、ダリットが重層的になっていることが分かりますが、日本の場合はどちらかというとブラジルやハワイは「新天地」といった状況かと思います。

5年前、ダーバンのIMADR及び部落解放同盟のブースの前で始めて友永所長にお目にかかり、一緒に活動をさせていただき、友さん日記にも始めて登場させていただいたのですが、そのブースの前で、後に「上司」となるタミルナドゥのブルナド・ファティマと南アフリカのインド人が談笑していたのを今でも覚えています。そのとき聞いたのは、ダーバン周辺にはインドのダリットたちが新天地を求めて渡っていったので、ダリットの活動に親近感を覚えて話してくる人が多いとのことでした。ブラジルの移民はもしかしたら、そのような感覚なのかなあと思い描いています。

さらに加えたいこととして、今の日本におけるインド人の状況があると思います。イギリスで2年半暮らしてから、不幸にも日本に戻ってきて、まだ出国ができていない「檻」の中にいるような状況なのですが、帰ってきて驚いたことは、やたらと南アジア系の人が増えたなあということです。東京では特に、西葛西周辺に多いとされて、例のZeeTVの放映サービスをするケーブルテレビができたり、江東区にインド人学校が開校したりしています。但し、日本に来ている方は高いカーストのIT技術者で、すぐにインドに戻る人たちなので、インドに戻る準備をしているのだというインターネットの書き込みも見たことがあります。少なくとも、もっと南アジア系の移住者が多い中東やイギリスなどと比べれば、この地域への関心がまだまだ低いのは否めないのですが、何か、ソトからの圧力というのではなくて、こうしたコミュニティに働きかけができないものかと感じています。

本日は、まだ文字にまとめきれないような断片的な話を通じて、移民社会におけるカースト問題に関してお話して参りました。いろいろな話をしたので、皆さんの頭の中で混乱している最中だと思います。

何時の日か大阪にイギリスからどなたかをお招きできる、あるいは皆さんがサウソールやバーミンガムに行って交流する、そんな機会ができたらと願っております。実は、もう頭の中ではそれなりの案内コースを描いていて、まずは南アジア人がよく利用するような中東系エアラインで、夜中に関空を出ていただいて、翌朝、ロンドンに到着してから南アジア系以外のコミュニティ探訪なども含めた観光や団体訪問、イギリス国会での連帯会議、コミュニティ訪問を経てからバスでバーミンガムまでコミュニティのバスで移動してもらい、コミュニティ訪問、そこでバルティを食べていただいてから、近くのイギリス人が夢に描くようなおしゃれな田舎を見ていただいて、その落差、人口比の落差も感じていただき、帰りはまた南アジア人がよく利用するようなマンチェスターやバーミンガムの地方の空港から、中東系エアラインで、中東経由で、関空に向かっていただくことを提案させていただこうかと思っています。もちろん、宿泊はIndian YMCAです。ご連絡を心から待ちつつ、ひとまずここで私からの話を終わりにしたいと思います。