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部落解放・人権教育啓発プロジェクト
2002年6月11日
2004年以後の『人権教育のための国連10年』

(報告) ジェファーソン・R・プランテリア(ヒューライツ大阪)

1999年に国連人権高等弁務官事務所によって、「人権教育のための国連10年(以下、『国連10年』)」に関する「中間まとめ」が作られ、2000年に総会に提出された。ここには「国連10年」のもとでおこなわれた世界各地のいろんな活動が取り上げられている。

 1999年の「国連10年」に関する「中間まとめ」をまとめる際、アンケートを配布し、各国がどういう措置をとったのかを聞いたが、ほとんど答えていない国が多くある。自国が何をしているかという情報がないからである。そして、問題点は何かと問われれば、お金がないという答えが返ってくる。そういう理由をつけて、「国連10年」のもとでの自分たちの責任を回避しているのである。

この他、人権教育というのは政府が取り扱わなくてはならないほど重要なものではないという考え方があり、政治的意志が欠如しているという問題もある。

 「国連10年」は、1993年にウィーンで世界各国の政府が集まり、人権教育は重要であり、この計画を実施していくのが非常に重要なことだということに、みんなで合意したということを想起する必要がある。

 「国連10年」に取り組んでいる国における問題のひとつは、計画を作成したりプロジェクトを実施するにあたって、NGO・市民社会と政府の間に協力関係がないことである。

 日本の「人権教育・啓発基本計画」も、基本的には政府のプロセスとして作られたものであり、社会の人々がそれに参加していろいろと提案し手助けして作っていったものではない。同様のことが、他の国でも見られる。

 国連人権高等弁務官事務所がこの「国連10年」に関する調整をおこなう一義的機関であるが、そのスタッフが最近言っていたのは、この「国連10年」が終わってしまえば、任務を遂行することが難しくなるのではないかということである。

 現在でもジュネーブにある人権高等弁務官事務所の中で、「国連10年」を担当しているのは2人だけである。この2人で「国連10年」として実施されている世界各地のプログラムに全部対応していかなければならない。したがって、人権高等弁務官事務所は他の機関(ユネスコ、ユニセフ、UNDP)や政府・NGOとも協力していかなければ、効果的な取組はできない。

 最近、この「国連10年」が終わればどうするのか、2004年はあと3年先だが、どうするのかという議論がわきおこってきた。その中には、第2次「国連10年」を作って第1次で始められたようなプロジェクトを続けていこうという話がある。

 一方で、第2次「国連10年」を言い出すのは早すぎるのではないか、別のアイディアを提案して今のところは第2次「国連10年」を言うのはちょっと待とうという考えも出てきた。

 後者の考え方としては、「人権教育アソシエイツ」(HREA)が中心となり、NGO共同提案が出された。その主な内容は、この「国連10年」に関するいろんな行動をモニターして評価したり、人権教育に関する基本計画を政府が策定するのを支援したりする「特別報告者」の設置を国連人権高等弁務官事務所へ提案していることである。

 一方、コスタリカをはじめとする6ヶ国政府は、「独立専門家」の設置という提案をした。その任務はNGO案の「特別報告者」とほぼ重なっている。

 この2案は対立して提案されたわけではない。一種の戦略として、NGOが高いところをねらった提案をし、政府がもう少し低いところをねらって提案して、実際の結果はその中間になればいいということである。

 結局、今回の国連人権委員会の決議には、「特別報告者」案も「独立専門家」案も含まれなかった。最終的には、人権高等弁務官事務所がこの「国連10年」のもとで何を行なうのかを研究するということが決められた。

 この一連の行動の趣旨は、まず国連人権委員会の中で、人権教育は重要な議題であり支援が必要であるということを認識してもらうことであった。毎年、国連人権委員会では、「国連10年」に関して決議を採択しているが、今年行なわれた決議は、「国連10年」のもとで今後、何をおこなっていくのかを研究するとしており、より具体的である。

 では、実際、次に何をするのか。まず、計画あるいはプログラムを策定する意志のある国を支援することである。もし、政府にプログラムを作っていこうという意志がないのであれば、研究者やNGOなどが国内からその政府に働きかけ、圧力をかけていくということが行なわれなければならない。

 政府が何もしないのなら、他の機関・グループがイニシアティブを取り、政府がそれについていくこともできる。国連だけではなくて国際的・地域的・国内的な様々な活動・運動がなければならない。

 すでに行動計画のある国では、次のステップは法的な枠組みを作ることである。日本では人権教育に関する基本法(『人権教育・啓発推進法』)が策定されたが、そういう法律が、他の国にも必要になる。

 この1995年から2004年の「国連10年」は、自分たちが今までやってきたプログラムを見なおしたり制度化したり、次のステップを踏み出すための準備をする段階である。2004年以降、第2次「国連10年」が行なわれるのなら、さらに包括的に多分野で対象を広げた形でスタートすることになる。しかし、これは非常に困難なことであり、「富める国」でも「貧しい国」でも、政府機関とNGOを連携させて何かをおこなっていくのは非常に難しいことである。

 この道は進まなくてはならない道であり、国連の支援があってもなくても、人権教育を推し進めていかなければならない。このためには、批判すべきものは批判して、実施すべきものは実施していかなければならない。政府をある一定の方向に動かしていかなければならない。

 1980年代後半にこの「国連10年」の案が浮上したときも、ニューヨークの外交官の間では同意が非常に少なかった。しかし、世界各国、とくにNGOから人権教育を求める声が上がってきて、結局、93年ウィーンの宣言につながっていった。国連でなにかを起こそうとすると世界各地、国連の外側から発言していかなければならない、国連の中は、内部政治に囚われてしまうので、外から圧力をかけていかなけばならない。次の10年につなげていこうと思えば、現在の「国連10年」のもとでいかにいろんなことがおこなわれてきたのかということを示さなければならない。

 「国連10年」は、一定の基準・スタンダードを作ってくれた。NGOが現行ないしは将来のプロジェクトを分析し、批判していくための基準を提供してくれている。人権教育の分析を行なっていくために使うことのできる基準、これが、「国連10年」の財産として生きているものである。

(文責・事務局)