<第1報告>
市民団体をめぐって産み出された成果
(1)「人権教育10年」をきっかけに諸団体の盛り上がり
「人権教育10年」をきっかけに諸団体の盛り上がりがあったと言える。ただし、すべての団体が順調にやってこられたとは言い切れない。最初は盛り上がったけれども、そのあと、それ以前の方向を順調に伸ばしきれていない団体もあるように思える。
(2)参加型学習による課題や方法論の相互浸透
いろんな団体に共通しているのが参加型学習である。紹介したどの団体も参加型学習を積極的に位置づけて活動しようとしている。参加型学習が手がかりになって、活動をしている人同士がけっこうつながっている。「相互浸透」と書いているが、個々の問題に取り組んできた人たちが、個々の問題だけではなくて、それを横に数珠繋ぎにしていく「オデンの串」になるものを捜し求めるようになってきたのが実際的な進み方だ。
ただ、参加型学習という方法論が求める人間関係のあり方や組織運営のあり方とか、その思想性を生かせたかどうかによって、当該団体の進み方が変わってきている。「参加型」を標榜してはいるが、それに見合った組織運営のスタイルがなかなか作れていなかった団体では、組織の盛り上がりに欠けている側面があるのではないか。
(3)さまざまな境界を超えたネットワークの広がり
1990年ごろまでは、国際問題と国内問題を取り組んでいる人は、はなから違う人たちだという意識が自分の中にもあったが、1995年ごろからようやく心の中でそれらが解けてきた。環境問題なんて、自分には関係がないと思っていたが、つながると思えるようになった。
ただ、ネットワークの広がりという点では、大阪には人権NGOネットワークというのが1990年代前半からあり、1997年ごろまで活動を続けていたが、そこからあとはなくなってしまっている。(2)で述べたような課題を抱えていたのではないかと思える。
今後の展望と課題
(1)基礎概念や原則をめぐる整理
人権に関わる単語・概念について、いい形で共通の理解を作っていくことが、いま非常に求められている。例えば、「わたしメッセージ」というのは英語圏で生まれた言い方で、「あなた」を主語にしてはじめるのではなくて、「わたし」を主語にしてはじめましょう!という意味で使われてきた。アメリカなどでは、相互に批判しあうのが当たり前の世の中だ。そういうところで、「私は〜と思うんだ」と、主語を「わたし」で話すことが批判を抑える役割をけっこう果たしてきた。
ところが、日本社会は逆で、波風を立ててはだめな社会だから、いつも「わたしメッセージ」で言わなければだめだということを強制されてきた面があるのではないか。そんなふうに解釈してみると、「わたしメッセージ」は、むしろ日本では、議論をしていた人を抑え込むような役割さえ果たしてきたのではないか。
では、「わたしメッセージ」は意味がなかったのかといえばそうではなくて、日本では「わたし」を抑えるあまり、「お前の言っているようなことは世間では通用せえへん」とか「○○さんが言っていたぞ」というふうに、「わたしメッセージ」よりはるか以前に、「世間メッセージ」や「偉い人メッセージ」があり、「だれかの陰に隠れて自分の言いたいことを言う」というスタイルが、けっこうある社会だ。その問題点を指摘して、自分としてのメッセージを発しようというアピールとしては意味がある。誰かの陰に自分を置かないで、自分のところに踏みとどまって自分を張ってモノを言うようにしようということだ。
このように、英語圏とりわけアメリカ的な社会で、ある面をとくに強調する形で出てきた概念が、日本社会に来て、意味合いが違ってしまうということが、いろいろな面で起こっている。それを日本社会に合うように作り変える必要がある。それがいい形でできたかどうかが、様々な市民団体の動きについて考える場合には意義があるのではないか。
(2)参加型学習の基本的な考え方に関する精錬と具体的適応範囲の拡大
「人間関係づくり、個別問題学習、多様性教育、国際人権学習」と4つあげている(人権教育を進めるときの四大領域)。「人間関係づくり」については、比較的、参加型学習でやられるようになってきているが、「個別問題学習」や「国際人権学習」については、もっと参加型学習を活用してやる必要がある。このあたりができるかどうかによって、市民団体が発展していけるかどうかが左右されるのではないか。とくに「国際人権学習」の場合については、(1)で触れた「外国生まれの概念」を日本社会に根付くように組み替えることがより強烈にでてきやすいところであり、プログラム化が重要だ。
(3)視点の深まりや広がりに対応する運動論・組織論・学習方法論の開発
「被害側当事者〜加害側当事者〜公権力行使者」、この3つのグループによって、学習論が違う。それぞれに応じたプログラムが必要だ。組織論や運動論も違ってくる。それぞれに対応したプログラムはまだまだこれからではないか。例えば、「草の根の運動〜つながりの運動〜浮き草の運動」と3つのタイプがあるが、「草の根の運動」というのは、よく右翼もやるのだが、町内会を組織していって…というようなタイプ。労働組合もそうだ。生産点とか仕事の場所を拠点にして組織を広げていくような運動で、組織率も5割を超えていなければ力にならない。それに対して、「浮き草の運動」とは、根はない。言いたいことは言うけれど、地域にも生産点にも基盤を持っていないというような団体。部落解放運動は、「草の根運動」だと思っている。それぞれの特徴を生かしてやっていかなければならない。
大阪の人権教育運動は、いったん「人権教育10年」のはじめに盛り上がったけれども、その後難しい状況を迎えている。それはなぜかということを考えていくと、この3点あたりがかかわっているのではないか。
<第2報告>
ここでは、阿久澤さんが翻訳された第2レポートの中から、おもに第2次「人権教育のための10年」に焦点を当てて報告の概要を記すこととする。
第2レポートでは、第2次「人権教育のための10年」に取り組む必要性について次のように述べている。
- 「人権教育のための10年」(1995〜2004)は、人権教育を実施するために役立つ「錨」や「傘」「触媒」の役割を果たした。この10年の期間で、達成されたことを制度化して、「すぐれた」実践を共有しなければならない、そのためには、何が達成され、何がまだ達成されていないのかをちゃんと評価をしなければならない。(パラグラフ8)
- 人権高等弁務官事務所は、「人権教育のための10年」の枠組みを継続することの重要性を強く肯定する。その理由として、第2次の「10年」は、
- あらゆるレベルでパートナーシップを増す機会を提供するとともに、共通・共同のビジョン、目標、活動という認識を提供する。
- 最初の「10年」の方針に基づいて作り出された地域や国レベルのプログラムに対して、国際的な支援を提供し、それらのプログラムを継続し、新しいプログラムを開始するためのインセンティブ(誘因)を提供する。
- 人権教育を継続して追求しようとする(国連、政府、市民社会を含めた)国際社会のコミットメントを表すものである。
- 最初の「10年」を支持してきた人々が達成してきた仕事を認め、また、そのプログラムを他の機関やコミュニティに広げる機会を提供する。
- これまで人権教育に注意を払わなかった政府が、他の国や機関の経験に基づき、プログラムを開始する機会を提供する。
- 人権教育が差別的な態度や行動を予防し、先入観や偏見と闘い、文化的な多様性の深化を認める役割を果たすものであることから、「人種主義・人種差別・外国人排斥・関連する不寛容に関する世界会議」(2001)のダーバン宣言と行動計画の実施に対する貢献となる。
- 関連する諸活動への資金提供も含めて、国際的なレベルで、人権教育に一定の関心が確実に向けられるようにする。(パラグラフ9)、
と、述べている。
そして、最終的に、この第2次「10年」の採択は、人権教育を孤立させるのではなく、横断的な取り組みとして推進することを促すべきである、ということが書かれている。
興味深いのは、その後に出てくる「人権教育のための基金(自発的基金)」設立の提案(パラグラフ11、12)とか、人権教育の取り組みについて監視(モニタリング)システムなどが提案(パラグラフ13)されている点である。また、条約監視機関で、各国政府がどういうふうに条約を実施しているかを報告する際に、その人権条約に関連する教育をどれほどおこなったのか報告を求めるということまで書かれてある。そうなると、「あなたの国の人権教育はちょっとへんです」「やり方がおかしい」などと、国連から勧告されるようなこともあり得るわけで、このあたりは反発も出るのではないか。
上記の、国連人権高等弁務官事務所によって提出された報告書を受けて、コスタリカ政府が第2次「10年」を含めた提案をして、今年はNGOもそれに協力していこうという流れになっている。早ければ、4月下旬には、コスタリカが出した決議草案が議論されることになる。結局、人権教育「10年」そのものに対しては、あまり反対はないだろう。しかし、「自発的基金」を作るとなると各国が金を出さなければいけなくなる。それに条約監視機構まで活用するという縛りがかかってくることによって、反対の声が出てくるのではないかと危惧されている。
いまのところ、日本の政府が第2次「人権教育の10年」をどこまで推してくれるのかが実に不明確である。日本の政府の答えは、いろんな「10年」があって、互いに整合性を持たせなければならないとか、「持続可能な教育の10年」や「識字の10年」など、役割が重複しているではないかということをあまり賛成しない理由として挙げている。それでも、日本政府は第2次「人権教育の10年」については反対ではないようだが、「基金」についてはいろんな基金があり、重複するところもあるので、賛成ではないようである。せっかく、この人権委員会に入って発言をする日本政府が消極的な立場をとっている点が大変気になる。