国際人権

国連文書をはじめ、国際人権に関する最新の文書、ニュースを紹介。英語サイトと併せてご活用ください。

Home国際人権反人種主義・差別撤廃の世界的な取り組み>本文
掲載日:2008.04.25
反人種主義・差別撤廃の世界的な取り組み

自由権規約報告第27条とアイヌ民族政策

手島武雅

はじめに

本稿の目的は、自由権規約に基づく日本政府の第5回定期報告の第27条部分におけるアイヌ民族に関する記述内容の問題点を論じることである。最初に、1997年の第4回報告に対して筆者や自由権規約委員会が指摘していた問題点と、その後、人種差別撤廃委員会やD.ディエン国連特別報告者によって政府に課されていた宿題を概観し、この10年間それらが放置されたまま、今回の報告がアイヌ文化振興対策と生活向上対策の宣伝しか行っていないことを指摘する。

アイヌ文化振興対策と生活向上対策

アイヌ文化振興対策と生活向上対策のどちらも、アイヌ民族の権利を保障しているものではなく、日本政府が第27条に規定されている民族的文化享有の権利をいかにして保障しているのかということの説明はない。前者については、「アイヌ文化振興法」に基づく施策の成功を謳っているが、政府自らはその影響を詳細に検証しておらず、その評価はあまりに楽観的に過ぎる。

今回の報告のもう1つの柱、「北海道アイヌ生活向上関連施策」についても、その力点は補助金の交付と予算の確保・充実の努力にあるが、ここでも政府は、二次的な役割しか演じていない。政府は、文化の振興と普及のためや生活向上のための施策に必要な実態情報を北海道の「部分的な調査」から間接的にしか把握しておらず、国のレベルでの熱意のなさ、政策の拙悪さが窺える。今日の残念な実態は、多少の表面的な生活の向上や格差の縮小が見られたとしても、差別と抑圧の下降螺旋構造が根強く残存している。それにもかかわらず、「生活向上」対策においても財政的な削減が進められている。

文化享有権の保障に必要な視点

報告された対策の課題を指摘した上で、今回の報告が全く触れていない前回報告以後の重要な出来事を取り上げて、文化振興対策および文化享有権と絡めて課題を提起する。

1.先住民族の遺産保護に関する考え方

文化享有権の保障に必要な視点として、先住民族の遺産保護に関する権利規準作成のための原則と指針をまとめた横田人権小委員会委員とサーミ評議会の共同文書に言及し、その視点が今後の政府による第27条の履行にとって重要な意味合いをもつことを指摘する。政府の現在の文化振興対策には、「先住民族の文化遺産の保護」が「先住民族の領土の天然資源に対する先住民族の主権」を含む自決権に基づかねばならず、領土や水系および資源に対する先住民族の決定権が不可欠であるという視点が完全に欠如している。

2.二風谷ダム訴訟判決

第27条との関係で非常に重要な問題を指摘しているにもかかわらず、政府が完全に無視しているのが、1997年5月の二風谷ダム訴訟における札幌地裁判決である。この判決は、アイヌ民族が第27条でいう「少数民族」であり、かつ先住民族であると認めた上で、「当該地域のこれらのアイヌ文化とそれを育む土地を含む自然とは切っても切れない密接な関係にある」ことから、ダム建設は「アイヌ民族の民族的・文化的・歴史的・宗教的諸価値」の継承を困難にすると判断した。これは、文化享有権を保障する際に必要な広い視野を求めている。アイヌ民族の文化享有権を侵害する違法なダムの存在にも拘らず、政府報告は何も触れていない。政府は「『公共の福祉』の概念の下、国家権力により恣意的に人権が制限されることはあり得ない」と断言しているが、この事件こそ、国家権力が「公共の利益」を持ち出して「本来最も重視すべき諸要素、諸価値」であるアイヌ民族の文化享有権を「不当に軽視ないし無視し」、違法に侵害していたことが断罪された事件であった。

3.アイヌ民族共有財産訴訟

政府が全く言及していないもう1つの重要な出来事に、アイヌ民族共有財産訴訟がある。過去100余年のほぼ4分の3にあたる期間の共有財産管理の状況と経緯が「一切不詳のまま」2006年3月に最高裁によって終結された事件で原告団は、「アイヌ文化振興法」の共有財産返還手続き規定が「アイヌ民族の『文化の価値』を不当に軽視ないし無視し」、第27条によって保護されるべき文化享有権が著しく損なわれていると論じていた。

4.「単一民族」発言

与党幹部や政府閣僚級の政治家によって繰り返される「単一民族」または「ほぼ単一民族」発言は、メディアを通じて国民の通念形成に影響を及ぼし、アイヌ民族や他の少数者が自由に異なる言語を使用したり、文化や宗教を実践することを困難にする無言の抑圧的環境を醸成し、第27条の精神を実現する社会的環境を汚染している。それにも拘らず、政府は何ら対策を取っておらず、これは、政府が留保解除を勧告されている人種差別撤廃条約第4条にも違反することである。

おわりに

アイヌ民族は、1987年の国連「先住民に関する作業部会」への初参加以来、明確に先住民族としての承認を求めている。「先住民族の権利宣言」第3条には、先住民族の自決権が明記されている。政府は、アイヌ民族を先住民族と認めず、“peoples”の訳語を操作することで、規約第1条の下でアイヌ民族の自決権の保障を語ることを拒んでいる。