人権小委員会のイニシアチブ
カーストに基づく差別は、開発途上国のみならず先進国も含む世界の多くの場所で、膨大な人数の人びとの人権を最も深刻に侵害するものの1つです。国連は、1990年代が終わりを迎える頃になってようやく、カーストに基づく差別に対する闘いにおいて役割を果たし始めるようになりました。最初に人種差別撤廃委員会が、主として1996年にインドの報告書を審査する手続きの中で、カーストに基づく差別を集中的に取り上げましたが、その後ネパール、日本などの報告書審査の際にも同じ課題を取り上げています。
2000年8月、NGOや同委員会委員の多大な努力の結果、国連の小委員会は、「職業及び世系に基づく差別」の問題に関する最初の決議を採択しました。この決議は、人種差別撤廃委員会とは異なり、より一般的な「職業と世系に基づく差別」という表現でこの問題を取り上げました。これは、この表現を用いることにより、インドに加えて、スリランカ、ネパール、パキスタンといった多くの国に存在しているダリットの問題を、日本の部落民、イエメンのアクダムといった他の同様の問題とともに議論することを企図していたためです。
この決議において、小委員会は「職業と世系に基づく差別」は国際人権法が禁ずる差別の一形態であることを宣言するとともに、スリランカ人権専門家であるラジェンドラ・カリダス・ウィマラ・グネセケレさんに、このテーマに関する作業文書の作成を委託しました。委任事項には次の3点が含まれています。<1>職業と世系に基づく差別が依然として実際に経験されている社会を特定すること、<2>このような差別を廃止するために存在する憲法上、立法上及び行政上の措置を検討すること、<3>このような差別を効果的に撤廃するため、上記の検討結果に照らして適切と思われる更なる具体的勧告及び提案がある場合にはそれを行うこと、です。2001年、グネセケレさんはインド、スリランカ、ネパール、日本、パキスタンの状況について取り上げる一方、特に女性と子どもの状況に注意を払った最初の作業文書を提出しました。
アジアの状況に焦点を当てたグネセケレさんによる最初の研究の後、ノルウェーのアスビョーン・アイデさんと日本の横田洋三さんによる第2回・第3回報告書が作成されました。2002年の拡大作業文書でアイデさんと横田さんはその検討対象を広げ、西アフリカや北東アフリカの諸集団、ソマリ人の下位集団、イエメンのアクダム、イボランドのオス、南アジア・西アフリカ・ソマリア・日本のディアスポラ(離散集団)のコミュニティそして職業及び世系を理由として差別されているその他の民族的マイノリティの状況について取り上げました。また、これらの集団に共通する特徴、差別の原因となる諸要因とその帰結についても論じました。さらに2004年の拡大作業文書では、両氏はその他の集団の状況について論じるとともに、当該諸国の政府がとっている法律上・司法上・行政上・教育上の措置に関する情報を提供しました。また最後に「職業と世系に基づく差別」の撤廃のための原則と指針案の枠組みを予備的な形で提案しています。
国際社会におけるダリット問題への関心拡大
このように小委員会のこのイニシアテチブにより、ダリット問題に対する国際社会の関心はさらに拡大し始めましたが、他の地域における取り組みにも留意する必要があります。欧州議会は2001年に、「EU及びその加盟国に対し、カースト差別に関わる懸念の声を上げるとともに、インド、南アジアその他の場所で2億6千万人の人びとに影響を及ぼしている広範に広がったこの観衆に対抗するための戦略を策定する」よう促しています。またEUに対して、「その政策がどの程度、インドにおけるカースト差別及び不可触性の慣行の廃止に貢献しているかを調査」するよう求めています。そして「2002〜2004年・民主主義と人権のための欧州イニシアチブ計画文書」はカースト差別の問題に「注意が払われる」と述べています。デンマーク、オランダ、英国政府を含む欧州諸国の諸政府も、カースト問題に対するダーバン後の対応を議会で討議しました。
2002年、人種差別撤廃委員会は「世系に基づく差別」に関する一般的勧告29を採択し、「カーストおよびそれに類似する地位の世襲制度等の世系に基づく差別を条約違反として強く非難」すると勧告しましたが、この決定を導き出すために、NCDHR(ダリットの人権に関する全国キャンペーン;インド)やIDSN(国際ダリット連帯ネットワーク)の加盟団体が精力的に活動しています。
なお、小委員会は国連人権委員会(以下、人権委員会)の下部機関であり、一般的な原則と指針の提案を行うことによって、人権委員会のシンクタンク的役割を果たしています。小委員会は53の加盟国から構成される人権委員会とは異なり、26名の独立の専門家から構成されています。これらの専門家も自国の政府から指名されるとはいえ、政府から相対的に独立した立場をとることが可能です。また、同委員会は国連憲章に基づく機関であることから、活動を特定の条約に関わるものや条約に加盟した国々にも限定されません。そのため人権小委員会は国の特定の問題に焦点を当てるのではなく、人権侵害に関わるテーマ別の諸問題を幅広くかつ一般的に議論することができます。
小委員会の特別報告者の任命と原則と指針づくり
第56会期(2004年)に第3作業文書を受けとった後、小委員会は決議を採択して横田さんと私を特別報告者に任命しました。同決議は、私たちにそれまでの3本の文書を元にして、「職業及び世系に基づく差別」に関する包括的研究を行うことを委嘱するとともに、人権委員会に対してこの小委員会決定を承認するように求めました。2005年、人権委員会は決議によってこれを認め、経済社会理事会もこれを支持しました。
この決議で、小委員会は両特別報告者に対し、2005年に予備報告書を、2006年に中間報告書そして2007年に最終報告書を提出するよう要請しました。この決議に基づく委任事項の最大の焦点は、「職業と世系に基づく差別」の撤廃のための原則と指針案を完成させるところにあります。当該原則と指針案は、政府、地方当局、民間部門の団体、学校、宗教機関およびメディアを含むあらゆる関連の主体に宛てたものとし、適用可能な現行基準及び優れた実践例を基本として、また第3作業文書で提案された枠組み及び人種差別撤廃委員会の一般的勧告29の内容を考慮に入れながら作成するものとされました。特別報告者は、「職業と世系に基づく差別」に対応するためにとられた憲法上、立法上、司法上、行政上および教育上の措置に関するより包括的な情報を入手することにより、優れた実践例を特定することにもなっています。
その後、同決議を受けて、横田さんと私は第57会期(2005年)に、政府、国内人権機関、国連システムの関連機関およびNGOへの質問状の作成に焦点を当てた予備報告書を小委員会に対して提出しました。また、この文書は2006年にジュネーブで一般的協議会合を開催することと2回の地域ワークショップ(アジアとアフリカで各1回)を開催するという提案を小委員会が支持するようにも勧告しています。これを受けて、小委員会は新たに決議を可決し、これらの提案を承認しました。、提案のあった地域ワークショップについては、資金が利用可能となるなら小委員会第58会期のいずれかの時点で開催することとされました。
2006年の中間報告の内容
2006年の中間報告書は、質問状への回答、2回の地域ワークショップおよび一般的協議会合の結果を同報告書の重要な基盤とし、注釈つきの原則と指針案を掲載することによって、最終目標に向けた重要な一歩となるでしょう。
同報告書では、これまでの文書で取り上げられなかった次のような内容について取り上げます。<1>被差別民の意識及び運動、<2>民間部門における差別、<3>特にグローバル化の過程にある市場における差別、<4>グローバル化によるカースト差別の階級差別の混合及び強化、<5>インド洋沖津波時のものを含む自然災害中の差別、<6>ダリットのコミュニティ内部における差別慣行(下位カーストの状況含む)、<7>政府開発プログラム、海外援助の配分等における差別、<8>武力紛争下にある地域の被差別コミュニティ、<9>教育上の差別及びカリキュラム開発、<10>命名制度およびその改革の可能性、<11>女性に対する複合差別、そして‡Kミレニアム開発目標(MDG)とダリット問題等との関係です。
原則と指針の適切な活用を
私たちは、これまでの作業文書の内容を繰り返さないようにしつつ、「職業と世系に基づく差別」の全体像を提示したいと考えています。その項目は原則と指針の各項目に対応したものとなり、各項目には適切な法的注釈が付されることになると思います。私たちの活動の最終目標は、「職業と世系に基づく差別」の撤廃のための原則と指針を確立することであり、それが2007年の最終報告書の主な内容となります。これまでの報告書に基づき、また政府、NGO、ダリットの人びと、国連機関などのあらゆる関係主体の議論を反映させながら、私たちは原則と指針を完成させる予定です。
最後に、最も重要なことは原則と指針を適切に活用することであるということを付言したいと思います。原則と指針を広く周知させ、また政府その他の主体にそれを実施させるためのあらゆる努力が後に続かなければなりません。そのための方策として、<1>被差別のコミュニティ内の問題を把握、<2>国際レベル・国内レベルでのネットワークの強化、そして<3>国レベル・地方自治体レベルでの国内人権機関の設置、が考えられます。さらに、人権保障のメカニズムとして、アジアにおける地域人権機関の設置をも考慮すべきです。
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