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1993年に9歳で渡日したある鄭承博少年は、和歌山で厳しい労働に従事させられていたところを栗須七郎という人物に救われて、大阪の小学校に通うことができるようになった。
在日朝鮮人に対する差別と弾圧が吹き荒れていた時代にあって、承博少年をはじめとする朝鮮人の少年たちは栗須の自宅で書生として生活をしていた。その私塾の名は「水平舎」という。
戦時下、承博少年は差別と官憲による弾圧を受け続けた。そして新潟にあった強制労働の現場から脱出したところに大阪大空襲が襲いかかった。承博青年が終戦後の大阪で商売しながらたくましく生きていたその頃、栗須は1950年,故郷の和歌山で亡くなっていた。
1972年、小説『裸の捕虜』で日本農民文学賞を受賞、芥川賞候補にもなった淡路島在住の作家、鄭承博は在日の生活を淡々と描き続けた。その作家が最後に描きあげたかったのが、少年時代の自分を救いあげその薫陶を受けた「栗須先生」の伝記であった。
しかし、この作家も2001年1月、淡路島の自宅で急逝してしまった。享年77歳だった。本書所収の「栗須七郎伝」は彼の絶筆である。
初期の水平社運動に少なからず影響を与えた指導者・栗須七郎について、鄭承博は精力的に調査をすすめ、本格的な伝記を著そうとしていた。彼の、美しく、心に染みる「日本語」で書かれた本書の未完小説と詩をぜひ多くの人に味わっていただきたい。