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書 評
 
評者木下光生(大阪大学大学院)
研究所通信229号掲載
全国部落史研究交流会編

部落史研究1−多様な被差別民の世界

(A5版、111頁、1200円+税)

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 本書は、1996年8月27・28日に開催された、第2回全国部落史研究交流会の報告集である。当日は、第1日目に前近代と近代とに分かれて分科会が行われ、第2日目に全体会が開かれたので、本書もそれを受けて以下のごとく3部構成( 1 〜 3 )になっている。

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 「 1  多様な被差別民の世界―宿・声聞師・隠亡・鉢叩―」では、従来「雑種賎民」として近世身分制の中に位置づけられてきた人々の実態解明が試みられ、森田康夫「大坂における被差別民の重層構造」、及び山本尚友「諸賎民集団研究の課題」の2論文が掲載されている。

 森田論文は、かわた・非人・宿・声聞師・鉢叩・隠亡等、中世来の多様な賎民層が、種姓観念・けがれ意識・異能者への畏怖等を理由に、近世村落共同体から一様に情念的次元での賎視を受け、そうした賎視のまなざしに従って重層的関係に置かれていたことを指摘した上で、大坂における多様な賎民層の具体面を、地理的分布や村落共同体との関係を軸に追究している。

 山本論文は、賎民研究を今後進めていく上で押さえておくべき問題点、特に研究対象の範囲について論じたものである。山本は、被差別民を「広く近世社会で賎視されていた人々」と規定し、賎民を(1)社会から排除・疎外され、(2)社会的地位が低く、(3)諸権門から与えられた清めの職掌を軸に独自の集団を形成していた者と規定した上で、今後は被差別民と賎民の概念規定の違いを踏まえながら、両者を研究対象として措定していくべきことを提起している。

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 「 2 近代の都市のあり方と部落問題」では、安保則夫「近代化・都市化と部落問題」、小林丈広「日本の近代化と部落問題の形成―衛生問題を通して」の2論文が掲載され、両者ともに、部落差別の発現が日本の近代化のいかなる特質を示しているかを、都市化や衛生の問題を軸に追究している。

 安保論文は、近代社会における差別構造が、差別装置の不可視化と差別対象の可視化という特徴をもっている点を指摘した上で、近代化・都市化に伴う都市衛生システムの構築によって、清潔空間の表象としての「良民社会」とは対照的な、不潔空間の表象としての「貧民部落」が可視化されていく様子を論じている。

 また小林論文は、京都市を事例としながら、コレラ対策として出された清潔法に着目し、同法の対象となった特定地域が「貧民部落」視されるようになり、さらに、もともと「貧民部落」概念に含まれていなかった旧「えた村」も、人口流入・流出を背景として、次第に清潔法対象地域となり、同時に「特殊部落」概念が形成されていく過程を分析している。

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 「 3  部落史の見直し」では、「奈良における『部落史の見直し』」と題して、吉田栄治郎が、奈良における「部落史の見直し」作業の経緯、及び「見直し」作業の内容を紹介している。そして、「見直し」作業の要諦、つまり現にある差別は、富や諸権利の有無とは関係なく存在しているという点を踏まえながら、部落内外の住民に共有されていた特定価値に対する認識が、18世紀以降変化していくところに部落差別の始源がある、という持論を展開している。

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 本書は、緻密な実証研究の提示というよりは、問題提起的な性格をもった報告集であり、今後は、本書によって提示された様々な課題をいかに継承していくかが重要となってくると言える。本書の題名を尊重するならば、各々の被差別民の実態をより具体的に究明しつつ、被差別民が多様に存在していることが、近世社会のいかなる特質を示しているのか、また、森田・山本が示した「制度的・政治的身分―情念的・社会的身分」という区分が、現実の近世村落社会においていかほどの意味をもつのか等の諸点が問われるべきであろう。

 本書の提起した諸課題が、地道かつ緻密な実証研究を通して、豊かな近世史像・近代史像として切り結ばれることを大いに希望するものである。