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書 評
 
評者柴田昌美
研究所通信244号掲載
佐藤一子

『生涯学習と社会参加―おとなが学ぶことの意味』

(東京大学出版会、1998念10月刊、A5判 241頁、2500円+税)
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 本書は、「成人教育は21世紀ヘの鍵である」とした「成人学習に関するハンブルク宣言」(ユネスコ第5回国際成人教育会議、1997)の諸提起を検証と提言の糸口として、成人が学ぶことの社会的意味を見据えつつ、今日の日本の社会教育・生涯学習の現状と課題領域を論じたものである。

 「(1)成人学習の国際的地平」では、第1回(1949)から第5回までの国際成人教育会議の歩みをたどり、リベラルスタディーズを基調とした(西欧型)民主主義の発展による戦後世界の再建→職業技術教育と識字教育の重視→教育的無権利層への着目→歴史と社会の発展に参加・寄与する個人的・集団的権利としての学習権の提唱を経て今回のハンブルク宣言に到る成人教育の位置づけの展開と到達点を素描して、成人教育の理念をめぐるグローバルスタンダードを確認している。

 「(2)『社会における学び』から『社会を創る学び』ヘ」では、日本で生涯学習振興施策が開始される動向の下で、あらためてこれまでの社会教育をめぐる議論と、グローバリゼーションの中でのユネスコやOECDをはじめとする国際的な生涯教育論をふまえ、社会教育概念を社会における成人の学びを支える場との認識から、民主主義を発展させ社会を創る学びに転換させていくことを主張し、その際重要となる視点を提示している。ここでは社会教育法の下での社会教育こそむしろ国際的に定義された成人教育概念に近いものであり、それを継承発展させつつ欠落部分を補うことによって国際的理念により接近しようとの見通しが提起されている。

 次に「(3)生涯学習政策と公共性の間題」では、展開しつつある生涯学習政策をその前史にもさかのぼって批判的に検討し、「生涯学習体系」への移行を教育の私事化・産業化ととらえ、自由化=規制緩和の中で同時に求められつつある地域づくりや住民参加をめぐりどのような「公共性」が紡ぎだされていくのかが重大だとし、「学び」の現場を取り巻く状況と課題を提示している。

 以上の3章を受けて、後半の3章で「民主的な社会参加の推進」という国際的課題に向かう成人の学習の展開例として、 1 社会に開かれた大学の可能性、 2 地方自治体による地域社会教育の推進、 3 NPOによる新しい社会参加活動について分析している。

 「(4)おとなの学びと『開かれた大学』」では、大学拡張と民衆大学運動の歴史をふまえ、今日の高等教育機関の生涯学習機関化をめぐる現状と課題を論じ、先進的事例を紹介している。「(5)地域にねざす学びの共同性」では、公民館をはじめとする地域での社会教育と、諸外国での「コミュニティ教育」の動向にふれつつ、地方自治体による社会教育の展開を中心に地域での学びにおける共同性がどう形成されつつあるかについて論じている。「(6)NPOが拓く学びのネットワーク」では、非営利市民活動の多様な展開とそこでの学習の営みとネットワークの形成について、それらが新しい「公共性」をめざす自己教育・相互教育としての自発的市民教育へと発展する可能性があるとし、大きな期待を込めて考察している。

 ところで、本書の方法的な機軸をなす論考は「(2)」だと思われる。社会教育概念再構成の視点として挙げた4点― 1 「社会教育」の「社会」を草の根における協同的・多元的関係の創造ととらえていく、 2 自己実現と社会参加の2重の展望を拓く組織的教育過程を明らかにする、 3 学校を相対化しつつ実際生活に近い学習の場での社会教育を探究する、 4 以上をふまえた生涯学習計画実現の手法と具体化のためのシステムづくり―は、これだけでは抽象的だが、具体的な場に引きつけて考える際の視点として示唆に富む。