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研究所通信240号掲載
上杉孝實

『地域社会教育の展開』

(松籟社、1993年4月、A5判上製246頁、定価2400円)

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 第1章「地域社会教育序説」、第5章「英国成人教育におけるコミュニティ教育」、第6章「成人教育における地域と知識の問題」はとくに、地域社会における成人教育について概念的、理論的に整理するうえで非常に大きな助けになった。

 第1章では、日本との比較でイギリス以外の西欧諸国の成人教育についても言及され、各国とも経済的発展に寄与する職業教育にくらべ、非職業教育は補償教育を除いて弱く、地域社会教育も軽視されがちだが、「地域社会教育と職業教育を対立的にとらえるだけでは問題は解決しない」として、以下のような展望が示される。

 「若年人口の減少は、高齢者が地域と結びついた職業に就くことを必要とするようになることも予想させる」ことから、両者を結びつける契機となりうるし、「公害問題、物価問題、教育問題等へのとりくみは地域を拠点として展開され、問題解決に向けての学習は、地域社会教育に活気をもたらし、生活学習を科学的な学習として進めることの重要性を明らかにする」だけでなく、「生産至上主義のもとで無視されがちの地域」を「生活を守る観点からとらえ直」すことで、「生活を規定している生産に対しても鋭い目を向ける」ことになり、別の角度から生産・職業を見つ直すことにつながる、と。つまり、「地域の問題を広域との関連で捉え、行動につなぐ学習を進めていくこと」が説かれる。

 第2章、3章では、階級社会イギリスにおける成人教育、コミュニティ教育が、アカデミズムの流れを引く知識観と、それに対する進歩主義的立場からの批判、ラディカルな立場からの批判との論争によって特徴づけられていることが、初期から地域を基盤とした学校的知育に対置される日本の社会教育とはずいぶん対照的で、興味深かった。

 労働者階級にとっての生活に根ざした実用主義的知識を重視する進歩主義的立場にせよ、労働者階級に抑圧をもたらす権力構造を解明する政治的知識を重視するラディカルな立場にせよ、上流・中流階級の支配的文化の蓄積をも吸収しなければ、「自由な思考と広い視野」を手に入れることができないと批判されている。

 また、行動や運動を教育そのものとみなすことはできないし、「コミュニティ教育は、単にコミュニティづくりのための教育とみなされやすい一面を持っているが、コミュニティの問題を手がかりとして、社会全体を把握する力をはぐくみ、広い視野から問題解決にあたり、社会を主体的に動かす力を形成することにポイントがある」との指摘に、認識不足を痛感させられた。