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研究所通信277号掲載
部落解放・人権研究所編

部落の21家族 ライフヒストリーから見る生活の変化と課題

(2001年5月、A5判、507頁)

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《第4回》

今日の部落問題の最大の課題である「低学力」「就業達成の弱さ」や、部落の人びとの「優しさ」「しぶとさ」が、生活の中のどのようなメカニズムから生み出されているのかを「生活史調査」により解明を試みたのが本書の特徴である。

ここでは、掲載された下記7本の論文の「要約」の紹介をする。今回はその第4回。

〈要約〉

●青年のアイデンティティ形成

―心理的な側面から―

分析対象者は、生活史聞き取り対象者57人のうち、10代後半から20代前半の青年層の18人に絞った。そして、調査時点での彼(彼女)らのアイデンティティの状況を、特徴づけるものとして、以下のように4類型に区分し、その形成過程や要因の具体的な事例分析を8人を通じて行った。

第1は、モラトリアム志向型。ここで挙げるタイプは、積極的にモラトリアムであってよしとする、つまり自己のアイデンティティを確定したり決定付けることをしないで常に流動的に生きるという選択をしている青年たちである。

第2は、アイデンティティ葛藤型。このタイプは、自己の進路や将来について理念や理想を持ち努力する。しかし、目標が定まらず迷いや葛藤が生じたり、理想の自己像と、現実的自己像とのギャップに苦悩する。

第3は、部落アイデンティティ志向型。このタイプの青年は、単一のアイデンティティとして部落アイデンティティを捉えているか,あるいは、いくつかのアイデンティティのうち、部落アイデンティティを最も重要視し、中心的なアイデンティティとして、より強固に確立させていくことを志向している。

第4は、多元的アイデンティティ志向型。このタイプは、部落アイデンティティも有しているが、それが唯一のものではなく、いくつかのアイデンティティのうちのひとつであるというふうに捉えている。

次に、部落の青年の被差別意識の分析をしている。第1は、「被差別体験と心的ダメージ」に関してである。被差別体験による心的ダメージの大きさは、その後の対人不安に結びつく被差別意識と必ずしも直接的に結びつくものではなく、他者との関係においてダメージがどう、回復され自己意識がどう。再建されていくかにかかっているのである。

第2は、「対人不安の心理」に関してである。このような体験によって生じた感情が意識下でさまざまに組み合わされ、部落外の他者との出会いや深い付き合いを躊躇させてしまう要因になっている。しかし、同じような経験をしても、環境によって心の受け止め方が違う場合がある。

第3は、「部落内の対人関係」に関してである。部落外の他者との人間関係の緊張感や不安感という心理に対して、逆のベクトルとして働く心理は、部落内での人間関係の安心感と信頼感である。

次に、こうした分析をふまえて、それぞれのアイデンティティのタイプがどのように自己開示し、部落外の人とどのような人間関係を創ろうとしているかを論じている。「自分の友人や恋人に対して部落出身であることをどう打ちあけるか」「相手との関係がそのことによって切れないだろうか」。彼ら不安や葛藤に着目したい。

さらに、こうした青年達への広い意味(学校だけでなく、家庭・地域も含めた)での同和教育の与えた影響を、第1にモラトリアム志向の青年、第2に部落アイデンティティ志向型および、アイデンティティ葛藤型の中でも部落アイデンティティ志向型に近い青年、第3に多元的アイデンティティ志向型の青年に分けて分析している。

まとめでは、多様なアイデンティティの分岐点が何であったのか、そして今後の同和教育の展望として以下のような指摘をしている。

部落に生まれ住んでいる自己を恥じたり隠したり嫌悪するという否定的アイデンティティを選択してしまうことのないよう、同和教育は模索し、発展してきた。

こうした部落アイデンティティ教育の重要なキーワードになっていた「部落の誇り」「差別と闘う力」は、その効力を発揮しつつも、一方で、その概念の再生転換を迫られているといえよう