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書 評
 
評者中村清二
研究所通信274号掲載
部落の21家族ライフヒストリーから見る生活の変化と課題

(部落解放・人権研究所編 2001年5月、A5判、507頁)

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 今日の部落問題の最大の課題である「低学力」「就業達成の弱さ」や、部落の人びとの「優しさ」「しぶとさ」が、生活の中のどのようなメカニズムから生み出されているのかを「生活史調査」により解明を試みたのが本書の特徴である。

掲載された右記7本の論文の「要約」を何回かで紹介していきたい。

 

●部落の生活様式

―その継承と変化―

〈要約〉

 部落の暮らし、生活の特徴を表すものとして「ムラのぬくさ」という言葉がしばしば用いられてきた。同時に、改良住宅の建設などによって「ぬくさ」、人の情味が薄れてきたことを嘆く声も聞かれる。

 そうした、生活の特徴と変化について詳細に検討することは、「法期限切れ」という事態を迎え、今後部落解放が進むべき方向を考える手がかりとして必要不可欠な作業である。

 食事や近所づきあいなど日常生活に関する多様な語りを通して、「互助・分け合うこと」を特徴とする生活が浮かび上がる。その背景には部落差別に起因する労働条件の不安定さがあるのだが、「分け合う」ことでしのぐ生活は、個々のストックによって生活の安定をはかる、という性向を定着させない方向にも働いた。

 「フローの生活」と呼ぶべき生活スタイルが、同和対策事業の進展により生活環境が大きく改善され生活基盤が安定化した後にも引き継がれていることが、金銭感覚に関する言及から読みとれる。また、これも部落差別の結果として解釈すべき「ムラの閉鎖性」が、やはり今日まで引き継がれていることも明らかになった。

 本論では、「ぬくさ」「いいかげんさ」「井の中の蛙」など語りの中でしばしば口にされた言葉をもとに、部落の生活の特徴とそれがはらんでいる問題性を「互助・分け合うこと」「フローの生活」「閉鎖性」として整理した。部落差別がその規定要因として存在することは言うまでもないが、「部落差別の解消」ばかりでなく、生活面での問題性をどう乗り越えるか、という課題も重要である。

 

●解放運動の意図せざる帰結と生活変革の課題

〈要約〉 

 前章で部落の生活の特徴とその問題性を検討したが、部落の生活の改善をめざした同和対策事業も、今日の生活のあり様と問題性に影響を及ぼしていると考えられる。ここでは、解放運動への参加や子どもへの教育期待に関する言及を素材とし、その世代間の変化に注目することで、解放運動の意図せざる帰結として部落の生活の問題性を描き出す。

 解放運動がめざした1つの方向が「集団的な生活向上・維持戦略」である。その成果である同和対策事業の進展によって、前章で整理した「フローの生活」の様相を部落の生活に強く残す結果となってしまったことが、語りから導き出せる。

 「昔の親」と「今の親」を対比する言葉からは、部落の親たちに一時期見られた「個的な生活向上戦略」が定着しなかった経緯を読み取れるだろう。

 それでは、「法期限切れ」を前に部落の生活をどのような方向に水路付けていくことが望ましいのだろうか。「ストックの生活」を定着させることが不可欠の課題であり、そのためには、従来軽視されてきた大学進学などの進路を評価し提示していくことが求められる。

 しかし、部落がおかれた状況の中で人々が培い、解放運動という形で実現してきた共同性、「ぬくさ」の部分を掘り崩してしまう形であってはならない。