10年前、部落解放基本法実現のテコとして条例制定の取り組みは始まった。昨年末の「人権擁護施策推進法」等、基本法制定に一定の足がかりを得た現時点で、あらためて条例制定運動の意味を振り返ろうとする時、この本は絶好の視点と資料を与えてくれている。
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本書は3部から構成されており、第1部には、分権化時代における人権条例制定の取り組みの意義、この間に制定された条例の分類から具体化に向けた今後の課題等について、江橋法政大学教授と友永部落解放研究所所長の2人の論文。
第2部には全国各地の条例制定への取り組みのうち典型的な5地区からの報告。
第3部は解放同盟中央本部の組坂書記長や、高野真澄、内田和夫など各氏によるシンポジュウム。また、巻末には十府県市町の条文全文が掲載されている。
この本で展開されている興味深い議論の1つは、条例制定運動の今日的意義についてである。
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「分権時代の人権行政のあり方」を説く江橋氏は、地方分権推進法を受けて「地方分権の社会では、それぞれの自治体は自治の進め方に関するきちんとした展望をもたなければならない」状況が生まれているという。その結果、現在、各地で自治基本条例や憲章をつくろうという動きが活発化しており、人権条例の取り組みはその先行的役割を果たしつつあると強調する。
同氏はまた、「一人ひとりの人間の自己実現、地域における幸せのためには、現場から考えていくことが必要」でそれを阻むものを取り除く「自立支援のシステムを地方行政が作ることが必要」だとする。そのためには、当然、現場の生の声を聞きながら進める行政でなければならず、市民参加が重要となるわけだが、それをより有効なものにするために、政策立案段階のNGOの参画と承認段階の一般市民への提案とを分けて考えることが重要であると訴える。
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このように、人権条例制定の取り組みは、単なる基本法制定の足がかりという枠を越えて、分権社会の日本における市民による自治体の創造の先駆的取り組みの意義を持ちうるものとなっている点に注目すべきである。
また、この観点で今後の条例制定運動を考えるとき、内田氏の以下の提起に注目する必要があるのではないだろうか。内田氏は「人権侵害に対してどのような分権型の制度を作るか」、「法律レベルの規定の仕方、条例レベルの規定の仕方について、分権型の設計が人権においても求められている」と強調している。
また、江橋氏も、緩やかな協議会などをつくってNGOの声をまとめ上げること、代表を審議会に送り提案すること、提案だけでなく計画化から財源、実施にまで口を挟んでいくこと等、分権時代をふまえた運動する側の取り組みの課題も多く提起している。
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いま一つ興味深い点は、条例制定にむけての各地域での取り組みが実に多様でユニークになされていたことである。徳島県阿南市の「全職員参画の実態調査」や鳥取県倉吉市の「総合計画や人権文化センター構想」さらに、神奈川県の「人権施策推進指針と相談支援体制」など、紹介されている各地域の取り組みに地元の実情に合わせた行政の主体性が感じられ、今後の運動の広がりを予感させてくれる。
制定された条例の分析と課題については友永論文が簡潔にまとめている。人権条例を目的や対象によって5つに分類。それぞれ典型的な各地の事例を挙げている。
条例制定の過程で重視すべき点や条例案で大切な10項目、さらには制定された条例の具体化に向けた課題について、わかりやすく解説している。特に、条例を作りっぱなしにしないために、審議会等への定期的な報告義務を重視することが強調されている。
「1998年は世界人権宣言50周年です。わたしはこの機会に少なくとも1000の自治体で人権条例が実現することを期待します。」という友永氏の願いを共有し、自分の町や村で条例の制定・具体化をめざす人々にとって、この本が勇気を与えてくれることは間違いない。