数値が語る部落差別の事実から部落差別の真実へ迫る格好の手引書
左右2頁が1枚の構成となっている、いわゆる見開きで「今日の部落差別」が学習できる編集手法に、本書のユニークさがある。しかも左頁の解説と右頁の図表が、みごとに合体し、読者に要約的ではあるが説得的に部落差別の今日的実態を語っている。こうした作業は、執筆陣の部落問題への深い認識がなければなしえないことである。この意味で、執筆陣の労をねぎらいたいと思う。
周知のように、28年間におよぶ特別措置法に裏づけられた部落問題解決の途(みち)は、一部を除き、事実上打ち切られた。今後は教育・啓発によって、人権侵害の救済に向けての取り組みが、人権擁護施策推進法を軸に展開されることとなる。
こうした動向に、本書は“部落の現実”と“一般市民の部落問題への意識”を、124の図と90の表を作成・分析しつつ、今日の部落差別の学習へと導いてくれる。
本書の基本的な内容と視点は、4点に集約される。第1は、1993年に総務庁の実施した全国の生活実態調査・意識調査(「93年調査」)による全国の部落と全国平均とを比較しつつ、部落の生活実態の課題を明らかにしている。第2に、地方別の部落の実態を比較し、地域的な課題の多様性を明らかにしている。第3に、1985年総務庁調査と「93年調査」を比較し、時系列的変化を明示している。第4に、年齢別・性別などによる課題と特徴を明らかにしている。
この4点の内容・視点が14のテーマ別に解説されている。テーマを列挙しておく。部落数とその分布、人口と世帯、住宅、健康、生活水準、就労、農業、教育、高齢者、母子・父子世帯、身体障害者、被差別体験、結婚、隣保館。加えて、“一般市民の部落問題への意識”が、26項目分析されている。
部落調査の留意点(8頁)と数値の解釈(9頁)は、調査が科学的に行われることと、数値を正しく読む(解釈する)ための基本的姿勢について、厳格にかつコンパクトに指摘されている。調査結果の数値の読みについて、たとえば世帯主あるいはそれに代わる人の被差別体験の有無で、33.2%の人が「ある」と答えたことをとりあげる。つまり、「『ない』と答えた人に、被差別体験がまったくないのかという問題」に言及し、「幼少の頃から多くの厳しい差別を受け、一つを特定するのが困難で、そのため『ない』と答えた可能性がないとはいえません。この比率(33.2%:筆者補記)を絶対視しないことが大切」とコメントすることを忘れていない(130頁)。この視点こそ、部落差別を見抜く目をはぐくむこととなる。
もう一事例を示しておく。たとえば、母子世帯の割合で、「母子家庭で全国1.2二%に対して部落は2.2%」という事実を示す数値を、「わずか1.0%多いだけ」と読むのではなく、「2倍強も多い」と読んでほしいのである。(126頁)。こうした読み方こそ、部落差別の事実(単にそうである)を理解したうえで真実に接近することを意味する。
事実をどのように理解するか。換言すれば、真実をどう発掘するか、この道程が、差別を見抜くことができるかできないかの分岐点になるように思える。数値が示す事実から、数値を読みとる姿勢や視点に、真実が浮上すると考えるのだが、いかがなものであろうか。
また本書が明記しているように、「数量的な統計調査で、すべての差別の実態をとらえることはできません。部落に関するルポルタージュや差別事件など、個々の具体的な部落差別の実態」の「理解を深め」ることも不可欠である(本書2頁)。だとすれば、本書の「資料」篇に、すぐれたルポルタージュや典型的な部落差別の実態を知るための参考文献一覧が示されていたらよかった、と欲張りな注文をつけておきたい。
本書は、部落差別の事実から部落差別の生々しい真実に迫ることへの橋渡しの役割になる貴重な資料である。