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現在のわが国の最大の政策課題の1つが、新しい介護保障システムをどのように築くかの問題である。どのような介護保障システムを持ち、それをわれわれがどう生かしていくことができるかは、来世紀の高齢社会のありかたに大きな影響を与えるに違いない。またそれは決して介護の狭い範囲にとどまらない、より広い市民社会の在り方にも関わる、大きな問題であるように思われる。
本書は、現在の介護をとりまく問題現状を、老人医療とりわけ老人病院の問題、介護家族の問題、限定されたサービスしか提供できなかった福祉制度とりわけ措置制度の問題を中心に分析し、なぜ高齢者の人権侵害が見過ごされてきたのかを明らかにして、これを克服するための高齢者介護の政策課題を明らかにし、最後に現在提案されている介護保険制度の意義を論じつつ、新しい「市民福祉」の基盤を形成する必要性を強調する。その構成は以下の通りである。
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- 高齢者介護システムの模索
- 矛盾を蓄積させた医療と福祉
- 「老人病院」への告発から
- 家族介護の破綻
- 高齢者福祉制度の転換
- 抑圧された市民ニーズ
- 介護は新しい社会問題
- 高齢者福祉と措置制度の矛盾
- 高齢者の人権
- 虐待という人権侵害
- デンマークに学ぶもの
- 明るみに出た日本の実態
- 新たな社会的連帯システムの構築
- 迫られる発想の転換
- 介護保険構想へ
- 問われる市民の参加姿勢
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筆者の岡本祐三教授は、長らく大阪府の松原市にある阪南中央病院の内科医長として老人医療や地域医療に取り組んできた臨床医である。またその間諸外国の医療制度の研究にも取り組み、特にアメリカの医療については著書や翻訳も多い。
日本の老人医療の問題に対するするどい分析は、矛盾に満ちた日本の医療制度の枠組みの中で医療を実践してきた著者の経験から生まれているといってよい。またアメリカの老人医療の研究とそこで示された問題点の分析は、日本の医療制度に対する鋭い問題提起に結びついている。
本書には、医療問題―人権侵害といった臨床医の視座だけでなく、老人福祉問題―市民社会論とでも呼ぶべき政策科学の視座が貫かれているように思う。後者の視座は、著者の経験からすれば比較的最近に形成されたものと考えられる。
著者は、病院をベースに地域医療に取り組む中で、次第に福祉問題にも関わりを持つようになり、医師の立場から地域福祉の重要性を認識するようになり、実際にも福祉との連携に関わることになる。そしてそれが、福祉先進国であるデンマークについての本格的な研究へと発展する。
特に高福祉を支える社会の在り方(自立の精神や連帯の社会システムや民主政治)を視野に入れた著書、論文が発表される。そして、こうした視座の発展とイデオロギーの終焉の時期が重なり、政府の「高齢者介護自立支援システム研究会」の委員として具体的な政策案づくりにも積極的に関わるようになり、本書にもあるように「市民福祉の時代へ」という呼びかけにつながっている。
本書には、こうした著書のこれまでの多角的な実践と研究の成果が、コンパクトにまとめられている。短いけれども読みごたえのある冊子になっている。介護問題に関心のある人はもとより、これまであまり介護の問題に関心のなかった人も、本書を通して新しい福祉の考え方を学んでほしい。