Home書評 > 本文
書 評
 
評者
研究所通信243号掲載
障害者の人権白書実行委員会編

障害者の人権白書

(1998年8月刊、B5判180頁、実費頒価)

-----------------------------------------------------------------------------

 茨城県の「水戸事件」は人権侵害を受けた障害者と支援者が、加害者の乗る車を取り囲んで抗議するシーンがニュースで流れたので、記憶されている方も多いだろう。障害者の多くが就職に苦労している、企業の多くは「罰金」を支払うことで雇用しようとしない、行政は障害者を雇用した事業主に一定の補助金を支給している。この事件の加害者は障害者を従業員として雇用していたが、陰に隠れて、雇用主という権力を利用し、障害をもつ従業員に長期間にわたって人権侵害を続けていた。

 「安田病院」は大阪の病院グループで、看護婦定員や保険点数など医療報酬をごまかしていたことが発覚、病院の医療内容についても患者のインタビューなどがニュース、ワイドショーで長時間放送された。しかしテレビではあまりクローズアップされなかったが、国の高齢者医療や精神障害者医療の欠陥によって、いわば「吹きだまり」的に問題が深刻化していったという事実が横たわっている。極論すれば「病院が患者を選ぶ」ために、最も人権が擁護されなければならない患者が一つの病院に集中するという現実を、行政も看過していたというツケが一気に表面化したということである。

 生活保護を受けている、家族がいない、障害があるといった患者にとって、入院できる病院が現実には限定されてしまうという構造的な人権侵害であるが、この点について大阪府連は早くから行政に問題提起をしていた。「患者の人権」をいかにして実現するかという問題意識である。

 過去において、障害者にとって日常生活の上で生起する問題の多くが「誰にも言えない」「相談しても仕方ない」「自分の障害のせい」と受け止められていた。現在、障害者運動の進展とノーマライゼーション思想の一定の普及、差別に対する受け止め方の変化などが進んで、あからさまな人権侵害は減ったかに見えるが、上記のような事件は後を絶たない。 そこでこの白書であるが、白書に登場する障害者は年齢、性別、障害の種類、程度において実にさまざまである。それは、障害別に組織されることが多い障害者の団体を横断的に調査の対象としているからである。

 また、行政や医療機関だけの調査では数字だけの集計になりがちであったが、ここでは当事者や家族の生の声が生活の場面毎に整理されている。場面によっては障害の違いによって人権侵害のケースが変わってくるが、一方では障害の種類や程度と関係なくバリアが存在し、当然の権利を侵害している。また、その人権侵害の「現場」毎に問題点を抽出し、各章毎に解決の糸口を紡ぎ出すというていねいさがある。調べっぱなしの実態調査ではなく、あくまで当事者の人権をいかに社会として擁護していくべきなのかを例示している。当然の姿勢であろうが、新鮮であり編者の情熱を感じた。

 行政、福祉団体、交通機関、企業、学校等の人権研修の場で、ケーススタディを行う格好の教材にもなる。意識から発生する人権侵害はこれらの教育・啓発を通じて、明日といわず今日から改める作業を始めるべきだ。そして、制度・構造から発生する人権侵害については、この白書の声を基礎とし、その欠陥(これこそ障害であるが)毎に更に多くの声を集めてこじ開けることができるだろう。

 画期的な方法で編まれ、とても重い内容を持つこの白書を座右に、多くの機関と個人が参加と平等をめざすフィールドへ合流することを心から願う。