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書 評
 
評者政岡伸洋
部落解放研究135ヘニフfヘ?

野洲町部落史編さん委員会
(社)反差別国際連帯解放研究所しが編

人びとが語る暮らしの世界―野洲の部落史

(野洲町、1999年3月、A5版、240頁、非売品)

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1

 これまで部落問題に関わる民俗学からの研究といえば、ケガレ論や境界論を軸に差別の論理を読み解こうとするものが主流となっており、被差別部落の生活をトータルにとらえまとめようとする民俗誌的研究はあまり評価されることはなかった。

 しかし近年になって、『被差別部落の民俗伝承[大阪]古老からの聞き取り』(解放出版社、1995)などのすぐれた成果がみられ、また各地区の部落史編さん事業においても地元の人びとの語りをもとにした民俗誌(生活史)的記述が必ずとりあげられるようになるなど、これらを再評価しようとする動きもみられるようになってきており、評者もこのような研究の重要性について論じたことがある(拙稿「差別の論理と被差別部落の実態―民俗伝承研究の現状と課題―」『部落解放研究』123、1998)。

 このような状況のなかで、今回とりあげる『人びとが語る暮らしの世界―野洲の部落史』も野洲町部落史編さん事業の一つとして刊行されたわけであるが、本書は社会学者を中心に調査されまとめられたものであり、民俗学を専攻し被差別部落の民俗をいかに記述していくか関心のある評者にとって、他の分野のあり方を知るうえで非常に興味深い内容となっている。

 そこで、本書評ではその内容をその構成や記述方法にも注意しながらみていきたい。


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2

 本書の構成と内容は次の通りである。

  1. はじめに
    ―調査の方法とその意義―
  2. むらを語る
  3. ともに暮らす
  4. 農業にはげむ
  5. 仕事に生きる
  6. 人がつながる
  7. 集まって楽しむ

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 まず、「はじめに」ではその副題が表すように、本書を作成するにあたっての調査の方法、とくに地域に暮らす人びとの語りを資料とすることの意義と、それに基づく本書の構成の意図がわかりやすく論じられている。

 つぎに「(1) むらを語る」は、むらの歴史的展開に関する話を「1語り継がれて」および「2むらの風景」という2節にわたってまとめており、前者ではむらの成立に関わる伝承とその現在的意義について、後者はそこに暮らす人びとの経験に基づく歴史、つまり実体験による変化についての話が紹介されている。

 「(2) ともに暮らす」は、川の利用や共同井戸、もらい湯など風呂にかかわる話を中心とした「1水との関わり」、戦前および戦時中の食事や間取りの話を通して、当時の家のなかでの暮らしの風景を再現する「2食と住」、学校での生活や手伝いの話を通して子どもたちの暮らしをまとめた「3子どもの日常」を通して、人びとの暮らしのなかでの共同性の部分に注目し、それにかかわる話を記述する。

 「(3) 農業にはげむ」は多くの家が従事していた農業をめぐる話を中心とした章であり、田起しなど田植えまでの農作業をそこで活躍していた牛の話を中心に描いた「1牛のいる風景」、田植えから草取りまでの作業風景やその苦労をまとめた「2農作業の日々」、刈り入れから出荷、裏作、そして最後に農地という視点から、戦前の小作、農地解放による購入、そして高度経済成長期にこれを手放していくさまを記した「3苦労が報われるとき」によって構成されている。

 「(4) 仕事に生きる」では、農業以外の現金収入のための仕事の話がまとめられている。「1糊口をしのいで」と題する節では、農業の傍ら土木作業に従事した様子を紹介するとともに、親方から経営者になっていく例や転職を重ねていく様子、舗装業に従事した人などを、ライフ・ヒストリー的な記述でとりあげていくことにより、さまざまな仕事に従事してきた被差別部落の人びとの生活を具体的に描こうとする。

 そして、どじょう取りやツグミ取りなど、むら内での現金収入に関する話を中心にまとめた「2暮らしのなかから」、外から持ち込んだ箔の仕事や塗装業について記述する「3技術を磨いて」がつづき、「4時代のはざまで」ではここが野洲駅に近かったこともあり、交通・運輸業にたずさわる人が多いという点と、そのあり方の変化について、各時代背景や地区の人の認識も念頭におきながら、さまざまな語りをまとめている。

 この他、「(5) 人がつながる」は「1家と家族」「2結婚」「3出産」「4葬送」という構成で家族を軸にした通過儀礼の話が、「(6) 集まって楽しむ」では、青年団や消防団、信仰的講集団などをとりあげた「1むらの社会組織」と、春祭りや地蔵祭り、獅子舞を紹介する「2思い出の年中行事」といった、むらを単位とする組織や行事を中心にまとめている。


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 以上、本書の構成とその内容について簡単にみてきた。本書には全体的なまとめにあたる文章がないので断定はできないが、(1)および(2)でむらでの暮らしのイメージを描き、(3)と(4)でそこに暮らす人びとがどのような生業で生活を営んできたのか、そして(5)と(6)でそこに生まれた人が一生をどのように歩み、思い出に残る組織や行事とは、という構成となっている印象を受けた。

 とくにこれらのなかで、被差別部落の仕事は重層的で個人によってさまざまであり、これをいかに民俗誌として一つの記述のなかに表現していくのかが重要な課題となるが、本書では農業を軸としながらも多様な仕事がどのように存在してきたのかをライフ・ヒストリー的な手法を用いることによって見事に描きだしており非常に注目される。


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3

 さて、本書を読んで評者がもっとも興味をもったのは、執筆者側で整理した説明的な〈叙述〉と語り手の〈語り〉を明確にわけるかたちで記述していくという方法である。そして、〈叙述〉の部分には地域での一般的な理解や語り手の表情、聞き手の反応なども含まれ、調査の場を再現するとともに、〈語り〉の文脈が理解できるように配慮されているのである。

 このような記述方法をとることにより、どのような点が可能になるのかというと、たとえば本書のなかの結婚の話を例にとると、結婚相手を選ぶ際には親が決めるという一般的傾向がある反面、実際には親の決定を拒み続けたり、親の承諾を得ずに勝手に結婚した事例もあったわけであるが、これを説明的な〈叙述〉と〈語り〉にわけて記述することにより、これまで切り捨てられてきたような一般化できない実際の姿もそこに取り込むことに成功しているのである。

 また、本書の〈語り〉のとらえ方について興味深かったもうひとつの点は、その内容が過去のものであっても、その〈語り〉は現在の価値観をもとに何を現実のものとして認識されているかを示すものであって、過去そのものではないという理解である(5〜7頁)。

 たとえば、本書ではむらの成立伝承を過去の事実として理解するのではなく、これをめぐる〈語り〉からむらの貧しさや惨めさは本質的なものではなく歴史的な偶然の所産によるもので、「自分のむらを卑下する必要はないという、自分たちのむらに対する意識の変更を人びとにうながす」(23頁)という論理と、文字が読めないことの悔しさと勉学への激励という2つの教訓話として語り継がれている点に注目するのである。

 なお、近年史料としての〈語り〉というものが注目を集めているが、このような〈語り〉の性格に対する指摘は、部落史研究におけるその活用に際して非常に参考になるものともいえよう。


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 以上、本書は聞き取りの場面での話し手や調査者の反応を織り交ぜた、それぞれの事例に対する説明的な叙述とその具体的な語り、また所々に挿入された効果的な写真により、語りのリアリティを最大限に読者に伝えている。

 そして、その背後には表にはでてこない調査資料の積み重ねがあったことも、しっかりとした説明的叙述からうかがえる。

 本書を読んでいるうちに実際に調査の場面に参加しているような錯覚をついついもってしまうような構成となっており、これからの民俗誌のあり方を考えるうえで非常に参考になるものである。

 また、そればかりではなく、語りというものをどのように理解すべきかという点についても非常に興味深い内容となっており、あらゆる分野の方々にもぜひ手にとっていただきたいすぐれた民俗誌の一つとなっている。