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書 評
 
評者高田一宏
部落解放研究141号掲載

大阪府・大阪市・堺市

保育実態調査本報告書

(2000年3月)

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1 本書の概要

 本書は、1996年12月に実施された保育実態調査の最終報告書である。調査の対象者は、同和地区の11保育所と地区外の3保育所に通う子どもとその保護者、当該保育所に勤務する保育士である。

 サンプル数は、子どもの調査が同和地区863名、地区外273名、保護者の調査が同和地区622名、地区外218名、保育士の調査が262名である。

 今回の調査の枠組みは、1986年に大阪府下で実施された調査を踏襲している。1986年の調査は、保育者(当時の正式な呼称は「保母」)が調査票に記入する「保育所での子どもの姿に関する実態調査」と、保護者が調査票に記入する「親子の関わりに関する実態調査」の二本立てで行われた。

 今回は、これらに加えて、保育者(保育士)に保育の状況や保育に対する意見を尋ねる調査も実施された。

 『本報告書』はつぎの7章から成る。

  1. 保育実態調査と調査結果の概要、
  2. 子どもの調査結果の分析10年前の結果との比較、
  3. 子どもの育ちと保護者の養育態度との関係、
  4. 保護者の調査結果の分析、
  5. 座談会・実態調査から見えるもの、
  6. 調査のまとめと今後の課題、
  7. 資料調査票と集計結果。

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2 子どもたちの育ち

 子どもの調査は、「社会」「探索・操作」「言語」の3領域について質問項目を設け、各項目について、一人ひとりの子どもに「よくみられる」「みられる」「たまにみられる」「みられない」の選択肢から回答する形式で実施された。前回よりも調査項目は大幅に削減された。

 また、前回の調査票は子どもの年齢ごとに作られていたが、今回の調査票は1種類だけである。前回に比べ、今回の調査はかなりコンパクトになったといえる。前回と同じ項目で領域が変更されたものもある。例えば、前回「社会」領域の項目であった「鬼ごっこのルールをかえて遊ぶ」は、今回は「探索・操作」領域の項目になっている。

 調査の主要結果は以下の通りである。まず、「社会」(子どもと大人、子ども同士の関係)領域では、同和地区内外の子どもの成長発達に大きな差はなかった。もっともそれは、地区外の子どもの成長発達が10年前よりも後退したためでもある。

 「探索・操作」(道具使用を伴う環境に対する働きかけ)領域では、同和地区の子どもに「内的操作を伴う道具使用(外的操作)」が少ない傾向がみられた。多少わかりにくい表現だが、これは、自分のイメージに合わせて外部環境に働きかける行為が弱いということである。

 具体例として、「鬼ごっこのルールを変えて遊ぶ」や「ひし形を書く」といった行為があまり見られないことがあげられている。「言語」領域においては、同和地区の子どもに、抽象的概念(大小、時間、数、左右、言葉遊び、順序よく物語を話す)に関わる言語発達の弱さがみられた。また、「探索・操作」と「言語」領域では、同和地区の子どもの成長発達が二極化する傾向にあった。


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 以上のように、今回の調査では、同和地区の子どもの育ちについて、10年前に明らかにされたのと同様の課題が浮かび上がったといえる。

 だが、サンプル数が少なく、しかも任意抽出であることを勘案すると、調査結果の信頼性には幾ばくかの疑問が残る。せめて、調査対象となった保育所の特徴は報告書に記載してほしかった。そうすれば、読者は、サンプルの代表性についてある程度は推測できたはずである。

 「社会」「探索・操作」「言語」の領域について説明がないこと、前回の調査項目を取捨選択した基準や領域を変更した理由が明示されていないことも、問題であると思う。

 前回の調査報告書(大阪府同和保育連絡協議会『部落差別と子育て』1990年)を読めば、3つの領域を設定した理由も調査項目を検討した経緯も分かる。

 だが、はじめて『本報告書』を読む人には、調査項目の妥当性を検討する術がない。行政関係者、保育士、報告書の執筆者にとって、3つの領域設定は自明のことだったのかもしれないが、調査仮説はていねいに説明してほしかった。


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3 保護者の養育態度

 同和地区内外で保護者の養育態度にちがいがあることは、すでに学齢期の子どもを対象とする先行調査で明らかにされている。だが、乳幼児期の保護者の養育態度について、その実態を明らかにした調査が皆無に近い。その意味で、今回の調査は、たいへん貴重なものである。

 評者が興味深く思ったのは、同和地区内外の保護者の子育て意識に大きな差がなかったことである。同和地区内外の保護者は、同じように、子どもの生活習慣や子どもとの交流・会話を心がけている。だが、実際の同和地区の子どもの就寝時間は遅く、テレビ視聴時間は長い。

 報告書では、同和地区には、子どもとの関わりが思うようにならずに悩む保護者が多いのではないかと考察がされている。だが、この問題については、もう少し綿密な検討が必要であろう。親子関係に改善の余地があるにもかかわらず、それを自覚していない保護者が多いことが、時に、保育士や教師から指摘されるからである。

 (3)章では、保護者の養育態度が子どもの育ちにおよぼす影響を明らかにすべく、保護者調査の項目と子どもの「社会」「探索・操作」「言語」の各領域の調査項目とのクロス集計分析がなされている。分析のねらいは分かるのだが、やや無理な解釈も散見された。

 例えば、子どもが「ごっこ遊び」の内容を提案して遊ぶことと、保護者が「集中力」をつけることを保育所に希望することとの関連を検討している箇所では、保護者が「集中力」を希望することが、子どもの遊びや人間関係能力を阻害するのではないかという解釈がされている。だが、友だちとうまく関係を取り結べない子どもだからこそ、保護者がそのような期待をしたと解釈できはしないだろうか。

 保護者の養育態度と子どもの育ちの関連は、必ずしも、一方向的な因果関係の存在を示すものではない。保護者の養育態度には、子どもとの相互作用を通じて形成される面があり、子どもの育ちと保護者の養育態度は、相互規定的だともいえるからである。


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4 子育て支援を考える

 今回の『本報告書』では、保護者が子ども期に「夢をもっていた」ことが現在の好ましい養育態度と関連があることが指摘されている。現在の保護者の養育態度は、保護者の生育歴の影響を色濃く受けている。だが、それだけをいっても、保護者の養育態度を変容させる道筋は見えてこない。その意味で、親族ネットワークや地域活動への参加と保護者の養育態度の関連を検討した(4)章は、興味深いものである。

 自分が生まれ育った家族を否定的にとらえる人は、現在も親族との行き来があまりないこと、親族との行き来がない人は、子育てをしていてよかったと思うことがあまりないこと、また、有職者は無職者よりも地域活動(保護者会、子ども会の世話など)への参加が多いことなど、今まで経験的にいわれてきたことを裏付ける結果が、示されている。

 同和地区の保護者に無職が多いこと(同和地区では36.2%、地区外では7.1%)、無職層では子育て以外に自分のしたいことや目標がない傾向にあることは、たいへん気にかかった。これまで、同和地区の保育所は保護者の就労状況をとわずに子どもを受け入れてきた。だが、その一方で、保護者の就労支援策(成人基礎教育、職業訓練、職業紹介等など)は、機能してきたとはいいがたい。

 保護者として子育てのあり方を学ぶ機会も、充実しているとはいえない。同和地区に生活困難層が滞留しつつある今、とくに大きな子育ての困難に直面している層に対しては、子どもの保育と家庭への支援を統合した福祉・教育施策の構築が求められている。


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 今回の調査が実施されたのは、1996年である。調査実施後、同和地区の保育所は周辺地域の子どもを広く受け入れるようになり、保育士の加配の体制も変わった。保育所に「地域子育て支援センター」が併設されることも増えている。青少年会館でも、小学校区や中学校区を事業の対象地域とする子育て支援事業が行われるようになった。

 小学1年生での学級づくりが難しくなっているなか、小学校、幼稚園、保育所、保護者の連携も活発になってきた。行政施策としても、大阪府下で、地域における「教育コミュニティ」づくりを支援する「総合的教育力活性化事業」がはじまった。

 報告書が明らかにした知見をふまえて、同和地区の保護者組織や保育所で行われてきた取り組みを、一般行政施策としての子育て支援や地区外の保護者の「子育てサークル」などの取り組みとどのように結びつけていくのか。我われには、大きな宿題が残されている。