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評者平沢安政
部落解放研究127号掲載

人権フォーラム21教育啓発部会

差別撤廃にむけたこれからの人権教育・啓発に関する施策の基本方向について

(人権フォーラム21、1998年10月1日、A4判、16頁)

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 人権フォーラム21は、人権が完全に尊重される社会を築くことを目的に、97年11月に結成された市民ネットワークである。この『差別撤廃にむけたこれからの人権教育・啓発に関する施策の基本方向について』(98年10月)は、今後の人権教育・啓発の基本方向についての提言として、人権擁護推進審議会に送付されたものである。

 この要請書は、全体が大きく2つの部分から構成され、それぞれ(1)日本における人権教育・啓発の現状についての意見(総論、「あらゆる場を通じた人権教育の推進」)、(2)人権教育をさらに発展させるための5つの原則と7つの提言、となっている。

 この要請書の概要を紹介しながら、特徴を述べることにする。

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 まず、人権教育・啓発の現状について、さまざまな不十分点や課題が詳細に指摘されている。総論では、政府レベル、自治体レベル、民間企業・団体・市民レベルそれぞれのとりくみが分析され、「政府レベルでは、各省庁別の推進方針や体制が不十分である」「行動計画を策定した自治体は六府県のみ」「差別を受けている当事者団体を除いて、人権教育・啓発に関する企業・団体や市民レベルの取り組みはまだまだ弱い」と、きびしい批判が述べられている。

 また、「あらゆる場を通じた人権教育の推進」については、まず学校教育に関して、「保育所や幼稚園での人権教育にほとんどふれていない」「教育総合推進地域事業などの実施は西日本中心で地域的偏りが著しい」「文部省は、人権教育の指導書を発行しておらず、多くの教育現場は人権教育とは何かに悩んでいる」と述べ、社会教育に関しては、「人権教育の推進に関する実態把握の立ち遅れ」「予算規模は拡大したが、人権問題の対象が広がったため、人権問題研修における深刻な財源不足」を指摘している。

 つづいて企業における人権教育については、「人権教育・研修に関する企業や企業団体の自主的取り組みの弱さ」をあげている。さらに家庭・地域における人権教育の課題としては、「女性をはじめ、子ども、高齢者、障害をもつ人たち、アイヌや在日韓国・朝鮮人の人たちなどの民族的マイノリティ、同性愛者、外国人労働者、そして部落問題などが大きな課題として存在している」と指摘する一方、コミュニテイ・スクール(地域社会学校)の理念を提起し、学枚教育に地域の多様な教育資源を取り入れることを求めている。

 最後に、特定職業従事者への人権教育の課題としては、「従来の研修を継続しているところがほとんどで、あらたな取り組みは見あたらない」としている。

 このように現状分析については、それぞれの場におけるとりくみが、きわめて不十分であるとの厳しい分析を示し、改善を求めている。


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2

 次に、人権教育・啓発をさらに発展させるための5つの原則と7つの提言であるが、5つの原則として、(1)人権教育の定義と人権学習、学習権および人権文化の創造、(2)生涯教育(学習)としての人権学習、(3)「自分さがし」としての人権学習、(4)人権の普遍性と東アジア的特殊性への留意、(5)普遍性をふまえた日本的人権・人権教育探求の必要性、が述べられている。今回の提言の中で、この「原則」はとくに注目すべき内容をもっていると思われるので、いくつかのポイントにしぼって述べることにする。

 第1に、人権教育の定義について、「10年」における人権教育とは、「人権のための教育」を意味するものであり、その中には「人権としての教育」と「人権についての教育」の両側面があると述べている。また、ユネスコの関係文書を集約して、人びとが主体的に学習する権利としての「人権についての教育」については、「人権学習」という言葉を用いるのが適切であるとしている。

 さらに、「人権という普遍的文化」について、「普遍的な人権の理念(人権侵害の廃絶、民主主義、開発、寛容、相互尊重)が地球上の各地で地域社会の人びとの間に定着し、お互いの人権を尊重し、実現を助け合うことが日常生活の中での習慣(文化)になっているような世界を作ること」という解釈を示している。

 「人権という普遍的文化」という表現が、その中身をあいまいにしたまま「10年」の行動計画などに使用され、よく理解されずに放置されてきた経緯を考えると、この具体的な解釈を示したことは大変意義がある。

 第2に、生涯学習として人権学習を位置づけ、ユネスコの生涯教育政策との深い関連性を指摘し、また生涯教育と生涯学習という2つの概念の関係についても、整理している。「10年」に関する国連の行動計画に「人権教育―生涯学習」という副題がつけられていることがふれられているが、元の英文では「lessons for life」となっており、この部分を生涯学習と訳したと考えられる。

 ただ、国連の担当官によれば、「life」には、命、生活、生涯など、さまざまな意味合いがこめられており、「生命をまもるための、生きるための、生涯にわたる」学習ということらしい。


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 第3は「自分さがし」としての人権学習というとらえ方である。第15期「中教審」答申において、教育は「自分さがしの旅を扶ける営み」とされたが、この提言においては、「現代日本社会において人びとは、個人の自由を妨げる古いタイプの共同体規制などと葛藤しつつ、自己責任にもとづく自己決定によって自分の人生を選択することがさけられない。…一人ひとりの生活者・学習者にとってみれば、この過程は、さまざまな希望や夢、疑問、不安をもち、成功や失敗を体験しながら、人びと、社会、自然と出会い、自然や人びとの歴史の中で自分自身をさがし、自己実現をとげ、ネットワークをひろげてゆく自分さがしの旅である」としている。自己実現を通じて、自分の人生を選択していくための人権学習という切り口は斬新である。

 第4に、人権の普遍性と東アジア的特殊性をふまえながら、これからの日本の人権教育の筋道を明らかにしていることである。人権の普遍性が、共同体規制からの自由と利害調整システムの必要性の自覚にあるのに対して、東アジア、とくに東北アジアにおいては、共同体規制と「タテ」社会から個人が自由になりにくく、権威主義、血統主義や男尊女卑などの観念が温存されてきた。

 そのため、東アジア的な歴史や文化の特殊性に留意しつつも、だからといって人権抑圧を正当化するのではなく、またヨーロッパ的な人権概念を直輸入するのでもなく、日本の人権状況の特殊性を踏まえながら、普遍性をもった人権教育を追求するというスタンスの必要性が強調されている。

 このような概念的整理は、人権教育・啓発・学習を、幅広い理念的、歴史的、文化的枠組みの中に位置づけることに大いに役立つものである。


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 つづく7つの提言としては、(1)総合行政としての推進、(2)人権学習基本法の制定、(3)人権学習スタイルを「参加体験型」に、(4)分野別の法的措置、行財政的措置、税制措置の新設、(5)人権教育教材支援センターの設置、(6)人材養成システムの改善、(7)人権教育基金の創設およびアジア太平洋地域人権学習センターの設立、があげられている。

 これらは、「原則」で述べられた理念を具体的な形にしていく際に、(1)総合行政としてのバックアップ、(2)教材開発や人材養成のシステムづくり、(3)市民活動およびアジア・太平洋地域におけるとりくみに対する支援、(4)学習論の転換、が必要との認識にもとづくものである。

 とりわけ、法的措置、行財政的措置、税制措置の必要性が繰り返し述べられており、ただ理念の表明にとどまることなく、具体的な施策を伴った「差別撤廃にむけたこれからの人権教育・啓発のあり方」が審議されることを強く求めていることがうかがえる。

 以上のように、この要請書は単なる要求事項の提示ではなく、人権教育・啓発の主要概念をほりさげると同時に、具体的な施策のあり方を提案するという内容構成になっており、人権教育・啓発に関する学習資料としても活用できる充実した中身になっている。

 人権フォーラム21教育啓発部会の委員の方々は、生涯教育・学習、人権・同和教育、人権教育運動それぞれの分野で中心的に活躍されてきた皆さんであり、それが充実した内容を可能にしたのだと思う。この要請書が、人権擁護推進審議会の議論に意味ある形で反映されることを強く期待する。