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とにかく厚みのある本である。人権教育という新しい領域に対しては、これまで「目標は壮大でも、コンテンツに乏しい」といった評価が常につきまとっていたが、750ページを越える本書を前に、90年代以降の人権教育の前進と発展をあらためて認識させられ、感銘を受けた。
原著(Human Rights Education for the Twenty-first Century, University of Pennsylvania Press, 1997)は1992年に「民衆による人権教育10年」組織委員会の援助を受け、コロンビア大学人権研究センターが開催した「人権教育の目的と戦略に関する会議」が基点となって生まれた。
この会議の参加者をはじめとする教育者、NGO・国際機関の職員、法律家など多様な人びとが執筆陣に加わり、第1部の理論編とともに、第2部以下には多様な実践事例や方法論、提案が盛り込まれ、情報提供や資金調達のあり方にまで言及している。人権について学ぶだけでなく、実際に人権を行使する主体を育もうとする、プラグマティズムが全編の底流を貫いている。
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「冷戦後」の人権への関心
さて、国際的にみると人権教育進展への「分水嶺」となったのは、1989年のベルリンの壁の崩壊である。冷戦の終焉と両極体制の消滅とともに、国家対国家の枠組みが弱まり、人びとの関心は外からもたらされる国家安全保障問題への対策から、内部で生じる問題へと移行した。
そして各国の内部では、サブ・ナショナルな(国家の下位レベルにある)行為者(アクター)―民族、宗教、文化的集団など―の受容の問題が表出したのである。これまで抑圧されてきた諸集団が対等な認知を求めて立ち上がることは、基本的人権を実現するための重要な行為である。
しかしながら一方で、特定集団の単一的アイデンティティの強調は、深刻な対立と分裂も生みだした。編者でもあるアンドレオポーロスは、ユーゴスラビア紛争を例に、「人権教育のプログラムは異なる民族的/宗教的集団間の苦難の共通性を強調しなければならない」と述べている。
「たとえば……セルビア人の手にかかったクロアチア人やクロアチア人の手にかかったセルビア人の苦難の物語は……息子や娘を失ったセルビア人なりクロアチア人なりの物語としてよりもむしろ、子どもを失った父親と母親の物語として」伝えられるべきで、「重要なのは、排他的な対立を引き起こす民族的アイデンティティよりもむしろ、普遍的に承認可能な(そして容易に共感できる)親の役割である」と述べている(第1章 冷戦後の状況における人権教育)。
この、普遍的な親の役が「人権」の概念であり、アイデンティティポリティクスや単純な二分法を越えて、異なる者同士をつなぐキーワードなのである。歴史の中で築き上げられてきた「人権」の概念を、改めて「普遍的な基準」として見直し、自分自身の個人や集団としてのアイデンティティの中に組み込み、さらにはアイデンティティや文化じたいも再定義しようとする試みを、人権教育は促すものではないか。
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自由主義的人権パラダイムの「原罪」
一方、冷戦後の社会という枠組みのなかで、本著の諸論文の関心は共通して、ポスト共産主義と、官僚権威主義に対して民主化を追求する社会にむけられている。たとえば、カンボジアや南アメリカ、ルーマニア、スロヴァキア、アルバニアや中南米諸国の事例が再生する「新興民主主義国」の取り組みとして取り上げられ論じられていることについては、いささか抵抗がなくもない。
たとえば発展途上国における開発独裁は、長年の植民地支配による低開発状態の克服という課題を背景に生まれたものである。
ウペンドラ・バクシは、その論文の中で、人権における古典的な自由主義の伝統にこそ植民地主義と帝国主義を正当化した「原罪」があり、人権というアジェンダを持ち出すことで、北側の国ぐにの権力と支配を覆い隠し、「白人」が過去の補償を負うことからの抜け道を得るのはおかしい、と指摘している。
こうした主張は発展途上国を中心に根強く聞かれるものであるが、人権を文化相対主義の視点からとらえることを是とするのではなく、私たちがこれまで築いてきた市民的権利、社会的権利、そして発展の権利などが、今日のわれわれの社会でどのような意味をもち、かつ実現されるべきなのかについて今後十分に議論する必要があろう。
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日本の一読者として思うこと
さて、日本の一読者として、本著に紹介されている世界各地の実践事例を読み、日本の人権教育との「違い」についても痛感させられたことをつけ加えたい。その一つが人権教育における法の位置づけである。人権教育と法の関係は、繰り返し本書の中でも論じられるが、「法律がなければ人権は存在し得ない。人権なしでは、民主主義は存在し得ない。
そして民主主義がなければ、人権も公正な法律も存在し得ない(第25章 法律、民主主義および人権のためのコミュニティ教育)」というほどに、不可分のものと認識されている。
法はそれを履行することによって人権が実現されると同時に、違反があれば問題にし、適正な法的手続きを通して正義を回復したり、償いを要求するためのものである。したがって、「法律識字能力(リーガル・リテラシー)」の獲得は人権教育の中でも重要な位置を占めることとなる。
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こうした考え方は、自然法に端を発する。ヨーロッパの自然法では、人は生まれながらに生命、自由、身体の安全などの諸権利をもっているとされるが、誰もがこれらを行使しつつ他者と共存するためには、各人のもつ権利どうしの衝突や葛藤を調整する必要が生じる。そこで人は国家や政治共同体をつくり、そこに調整の役目を委譲することとなる。
しかし、大きな権力をもつ国家は、必要以上に個人の人権を侵害することもありえるため、法がつくられる。すなわち、法は人権を守るためのものであると同時に、自分たちの社会や国家に市民がいかにかかわるかという、いわば、民主主義の理念のあらわれでもある。だからこそ、そこに記された権利を学び、行使することは人権教育の重要な柱とされる。
しかしながら翻って日本をみると、人権に関わる条約や法などに関する学習はきわめて低調である。これは私の体験であるが、人権啓発の学習会や研修の場で、受講生に「人権という言葉を定義してください」と呼びかけると、「人を尊重すること、大切にすること」といった漠然とした回答か、「人権という言葉はよく使っているが、いざ具体的に聞かれると、何だかよくわからない」という答えが非常に多い。
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日本においては人権が宣言や条約、法律などの文書に具体的に表現されているとか、それを学んで行使することが重要である、といった考え方は残念ながら根付いていないように思われる。もちろん、法律の学習が万能だというわけではない。法律は確立された「絶対的」なものとして示された時、「討議からある種の声を排除している場合もあり得る。
そうなると、この地点から出発するということは、自動的に既存の支配と排除の形態を再生産することになる」からである(第15章 成人教育のための批判的教育学に向けて)。とはいえ、日本においては、なぜ、法に対する関心が薄いのか、と一度は考えてみる必要があろう。その「落差」が、民主主義や参加に対する考え方の違いであるかもしれない。
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ちなみに、本書のもう一人の編者であるクロードは、フィリピンの人権教育を詳しく論じた別の単著(Education for Human Rights―The Philippines and Beyond)の中で、世界人権宣言第26条の主旨は、教育へのアクセスを保障することにとどまらず、「誰もが自分の権利について知り、学ぶ権利」の保障を含むと述べている。
たとえばフィリピンでは、多くのNGOが、国際的な人権法に書かれた権利の具体的内容や、それらを実現する手段について情報を提供し、人びとが実際に権利を行使できるようにサポートしている。こうした「人権リテラシー」(rights literacy)のため教育は、日本ではどのような方法で実施されうるのか、改めて考えさせられた。
最後に、本著では繰り返し「参加」の理念と手法が論じられ、フレイレやハーバーマスの理論から人権教育を論じた興味深い論考も含まれている。日本における「参加型学習」のあり方をとらえ直すためにも是非一読されたい。