Home書評 > 本文
書 評
 
評者山崎公士
部落解放研究126号号掲載

友永健三著

人権の21世紀へ
−部落解放運動の挑戦

(解放出版社、1998年9月25日、A5版、241頁、2,400円+税)

-----------------------------------------------------------------------------

1

 1998年は世界人権宣言50周年にあたり、同時に「人権教育のための国連10年」が4年度めを迎え、人権擁護施策推進法により設置された人権擁護推進審議会も精力的な審議を展開した年である。また、友永健三氏が所長を勤める研究所も「部落解放・人権研究所」に名称変更し、新たなスタートを切った。

 こうした年に同氏によって本書が上梓された。本書は同氏が1994年から1998年の間に書かれた8本の論文に加筆修正し、1冊にまとめたものである。それぞれの論文の内容を簡単に紹介しよう。


-----------------------------------------------------------------------------

2

 第1論文「部落解放運動の新たな地平をめざして」(1997年)は、「部落解放運動の第3期」の課題を分析する本書の総論にあたる論文である。(1)部落差別実態の部分的解決(住環境の改善など)から根本的解決(安定した仕事保障による自立達成など)をめざし、差別事件を根絶し、その背後にある差別観念を払拭すること、(2)部落の周辺地域を改善し、日本社会における部落差別以外の差別を撤廃し、非民主的諸制度を撤廃すること、(3)反差別国際連帯や国連人権活動との連携を強化することの3点から、今後の部落解放運動の方向性を理論的に提示する。


-----------------------------------------------------------------------------

 第2論文「部落解放基本法へのとりくみと今後の課題」(1997年)と第3論文「今後の同和行政の基本課題に関する若干の考察」(1998年)は、第1論文を踏まえ、人権擁護・差別撤廃のための政策や施策の現状と課題を論じる。第2論文は、1985年以降の部落解放基本法制定運動をふりかえり、96年「地対協」意見具申、同年の政府大綱、96年末に成立した人権擁護施策推進法など人権施策などをめぐる立法・行政の動向を整理し、部落解放基本法案との関係を分析し、今後の基本課題を提起する。

 また第3論文は、96年「地対協」意見具申による現状認識と主な課題を分析し、特別措置から一般施策への移行をめぐる問題点を指摘する。この点に関し筆者は、伊東光晴氏の福祉政策における「生活権思想」(同氏「社会主義と資本主義(5)『世界』1991年11月号」)を同和行政に応用し、働ける可能性をもっている人びとが働ける条件を整備し、自分の力で生きていける社会システムをつくりだしていくという同和行政の新たな方向性を示す。

 第4論文「人権のまちづくりと条例の具体化」(1997年)は、人権条例を内容別に五種類に分類し、人権条例制定の意義と制定に向けたとりくみの重要性に触れ、条例制定後の審議会の実質化、自治体の人権行政機構の整備などのとりくみの重要性を指摘する。21世紀は国家の役割が相対的に低下し、国際レベルと地方自治体レベルでのとりくみが重要となるので、部落差別をはじめとしたあらゆる差別撤廃と人権確立の面でも、国際レベルと自治体レベルの法整備が求められるとの認識から、人権条例を根拠に部落差別撤廃・人権行政を推進すべきことを指摘する。


-----------------------------------------------------------------------------

 第5論文「人権条約の締結と国内法・制度の改善」(1996年)と第6論文「人種差別撤廃条約の締結と今後の課題」(1995年)は、日本が批准または加入した人権条約を差別撤廃・人権確立のため日本国内で活用するという視点から執筆された論文である。第五論文は、人権諸条約を締結する意義をはじめに明らかにし、自由権規約などこれまで日本が締結した人権条約について、締結の概要・成果、政府報告書の提出状況などを通じて締結の意義を分析する。

 次に人権条約の国内的な位置と影響、人権条約が国内裁判所でいかに活用されてきたか、人権条約の締約国に提出義務がある政府報告の制度が規約人権委員会など条約実施機関でどのように審議されたかを明らかにし、今後の課題を提起する。また第六論文は、1996年1月に日本について発効した人種差別撤廃条約の内容などを紹介し、同条約の差別撤廃の基本的視点・基本方策、同条約の特徴・実施措置、同条約締結後の日本における課題をきわめて明快に分析する。

 第7論文「『人権教育のための国連10年』の意義と課題」(1998年)は、まず「人権教育」の意味を明らかにし、国際人権基準の普及・実現、被差別の立場にある人びとの人権重視、教員・公務員、警察官・裁判官、軍人、企業経営者などに重点を置くことなど八項目にわたって「国連10年」の柱を明快に指摘する。

 次に、民間レベル、国レベルのとりくみを概観し、国内行動計画の内容と問題点に触れ、大阪の場合を例に自治体レベルのとりくみを分析する。これらを踏まえ、「国連10年」に関し、(1)同和教育と人権教育の関係、(2)「宣言」・「条例」の制定との結合、(3)人権擁護施策推進法の具体化との結合、など6項目について今後の課題を提示する。


-----------------------------------------------------------------------------

 第8論文「反差別国際運動の結成、歩み、課題」(1994年)では、1988年に結成された反差別国際運動(IMADR)は1922年に創設された全国水平社の伝統を継承し、反差別・人権確立のための国際連帯運動を展開しつつあることを解説する。とくに、反差別国際運動結成の意義、結成以降の活動状況に触れ、(1)全世界の差別撤廃、(2)アジア・太平洋地域における差別・人権侵害の撤廃、(3)同運動の本部がある日本における差別・人権侵害の撤廃、など6項目について同運動の今後の課題を指摘する。


-----------------------------------------------------------------------------

3

 本書の8論文は、いずれもあらゆる差別撤廃・人権確立というきわめて実践的な視点から執筆されている。文体は平易であり、図表や資料も豊富で読者にやさしい、読みやすい書籍である。重要なことを簡潔に記述する工夫もこらされている(196〜197頁参照)。本書の内容は多岐にわたるが、評者が認識を新たにしたり触発された箇所を指摘し、本書の特徴を考えてみたい。

 第1に、差別の深刻化には法則があるという指摘である。筆者によれば、差別は、(1)落書きや嫌がらせ電話のような隠然とした差別段階→(2)公然とした差別発言の繰り返し、出版物による差別主張の展開→(3)差別にもとづく暴力行為の生起・頻発→(4)差別にもとづく大量虐殺、という段階順に深刻化するという法則があるという。部落差別は(1)から(2)への過程にあるが、この時点で真剣なとりくみが必要であると主張される(7頁)。そのため、(1)差別糾弾闘争の妥当性が社会的に承認されるように運動側が努力し、(2)悪質な差別行為に関し法的規制を加えるため国内法を具体的に整備し、(3)差別被害者を救済するため効果的な国内機関を設置すべきであるという提言はすぐれて実践的で、人権活動家・研究者に明快な方向性を示している。


-----------------------------------------------------------------------------

 第2に、日本社会における種々の差別の根底に、戸籍制度やイエ意識、ケガレ意識などの非民主的な制度や風習があり、第3期の部落解放運動は他の反差別運動と連携し、これらの撤廃を求める必要がある(18頁、22頁)との指摘である。これは理論と実践が融合してはじめて可能となる貴重な分析と思われる。

 第3に、人権諸条約の国内での実施に関して実践的な課題を示したことである。筆者は、(1)人権諸条約の普及・宣伝、(2)人権諸条約を国内で実施するための独立した国内人権機関の設置、(3)自由権規約第一選択議定書など日本が未締結の人権条約の締結と留保の撤回、(4)国際人権分野における国際的貢献に関し具体的な提言をした(139〜144頁)。

 とくに、(4)において、1999年は国連の国際高齢者年であり、急速に高齢化社会が進みつつある日本が高齢者の人権を保障するための条約づくりで積極的な役割を果たしてもよいのではないかと筆者は述べている。同様に、過去の身分制度やカースト制度に起因する差別撤廃のための宣言や条約づくりでも日本は積極的な役割をはたせることも指摘されている。


-----------------------------------------------------------------------------

 第4に、同和教育と人権教育との関係を整理するにあたり、「人権教育」の内容について四点にわたって重点課題を明示したことである(213〜215頁)。すなわち、(1)部落差別以外の他の差別(女性、障害者、在日外国人などに対する差別)の問題を取り上げること、(2)人権は、実はすべての人にあるので、人権について学ぶのはすべての人が自分のためにすべきことであること、(3)日本における人権確立を妨げている風習や制度のもつ問題点を教育・啓発の対象にすべきこと、(4)世界人権宣言・国際人権規約などの国際人権基準を学び、身につけることである。これらの課題は、いわれてみれば当然とも受け取られようが、こうした形で明示するには研究の蓄積を要するものと思われる。


-----------------------------------------------------------------------------

4

 来世紀を間近に控え、国際的にも国内的にも既存の制度や価値観は音を立てて崩れつつある。激動の時代にあっては、よほど自覚的に取り組まない限り、人権政策や施策は取り残されかねない。

 20世紀の部落解放運動をはじめ、あらゆる差別撤廃と人権確立のための運動を冷静に分析し、理論に裏づけられた実践的で的確なさまざまの提言を行う本書は、21世紀を真の「人権の世紀」にしたいと願うすべての人びとにとって、確かな道しるべとなるであろう。