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書 評
 
評者竹下政行
部落解放研究139号掲載

ILO編・吾郷眞一、横田耕一監訳

雇用と職業における平等

(解放出版社、2000年12月、A5判、182頁、2,800円+税)

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1

 典型的な部落差別の現象形態は、結婚と就職において出現する、といわれている。そして、雇用の分野、とりわけ、採用過程における差別選考の除去および応募者の人権の擁護は、運動の上でも労働・教育行政の上でも重要な課題として取り組まれてきている。

 このような取り組みは、さまざまな工夫と努力の成果として積み上げられてきたものの、それを統合する法的規制が欠如していると指摘され、それらを補うものとしてILO111号条約(以下「111号条約」とする)の批准と条約に適合する国内法整備が急務と理解されていた。


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2

 今日まで、111号条約の批准を日本政府が行うべきであるという意見は、大阪府などの大規模な地方公共団体を含んだわが国の世論を形成するものとなっている。その世論を実現し、法的機構に定着させていく上で、111号条約の意味内容を理解し、また、同条約の定める原則(雇用と職業における差別からの保護)の具体的展開についての知見を深めること、さらには、わが国における111号条約批准のための要件を検討することは、いずれも非常に重要な課題であることは疑いのないことである。

 本書は、このような重要な課題に的確に答えるものである。本書は、ILOの中に設けられた「111号条約に関する条約勧告適用専門家委員会特別調査」の翻訳である。ILOは、その各条約の実効性を確保するために、他の国際機関とは異なるユニークなシステムをいくつか有している国際機関であるが、本書を編んだ条約勧告適用専門家委員会もそのようなILOのユニークな、そして権威の存する機関の一つである。

 本書は、大きく、3部の構成をとり、(1)111号条約の内容についての解説、(2)111号条約を未批准の加盟国の政府の報告内容の分析、(3)111号条約を批准している加盟国での条約上の原則の具体的実施展開の報告というものとなっている。


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 上記(1)では、111号条約の規定する概念、とりわけ、差別の「根拠」(評者には、「事由」というように訳すべきかと思われた)についてていねいでわかりやすい記述を行っていることが着目される。また、条約が明示しているのではない差別の「根拠」に関しても、いくつかの言及がなされており、ILOおよび加盟国の関心がアップツーデートに更新・深化されていることがよく理解できる。

 これら(1)の記述は、前記したとおり、111号条約の意義内容の理解をするという課題に明確な形で答えてきれている。

 また、上記(2)では、わが国をはじめ、111号条約を未批准の加盟国が、111号条約に対して、いかなる態度をとっているのか、をそれぞれの政府がILOに提出した特別報告書の要旨をいくつかのグレードに分類した上で紹介するという記述をしている。わが国政府の報告については、「目下のところ批准の見込みなし」というグレードに分類されている。

 本書では、他の未批准の加盟国の政府報告を紹介した上で、それらに対する個別的なコメントを付しているわけではなく、一般的な形で「当委員会の意見」を手短に掲載しているに過ぎないが、その内容を見れば、日本政府の報告に対するILO条約勧告適用専門家委員会の「態度」を明瞭に知ることができる。

 本書翻訳の監訳者が「(未批准国にとって)この報告書が行間で訴えようとしている事柄は重い意味をもつように思われる」と指摘することは、とりわけ、本書(2)の箇所において妥当するものだと理解することができるのである。

 さらに、本書(3)の記述からは、111号条約を批准し、雇用と職業における差別からの保護にむけた政策を展開している国ぐにの状況についての知見を得ることが出きる。

 雇用・職業における差別からの保護という原則は、単に憲章的意義をもつ法典を整えるということだけで達成できる課題ではなく、その政策目標の実現のためにさまざまな工夫と努力をすることが不断に要請されているということが示されているとともに、各国での立法政策の具体的展開をうかがうことができ、有用である。


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3

 わが国は、1958年に採択された111号条約を未だに批准していない。その理由について日本政府が述べているところは、本書に示されている専門家委員会の十分な納得を得られるものとは到底いえないであろうことは先に示唆したとおりである。

 わが国は、昨年、職業安定法の改正を行い、応募者の人権擁護(差別的選考からの保護)に直結する実定法的基礎を作りだすに至っている。労基法3条が雇い入れをカバーしないものと解釈する判決がある下で、新しい立法的展開が行われたことは望ましい方向にむけられた貴重な努力であると評者は考える。このような新しい法的基礎は、さらに強固なものとし、実効的な制度が強固に構築されていくべきであると考えるが、それは、111号条約の批准により、一層加速されていくものであると思われる。

 うかうかしていれば、条約採択から半世紀という期間を経過してしまうことにもなりかねない。111号条約の精神は、本書にもあるとおり、ILO憲章およびフィラデルフィア宣言にその淵源を有するものである。

 わが国は、ILOの原始加盟国という歴史的栄誉もあるのだから、政府は、ただちに111号条約の批准を行うべきである。本書の記述に接し、そのような思いに確信を付与してくれるように考える。


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4

 本書は、九州大学大学院の吾郷・横田両ゼミのかたがたのなされた翻訳であり、多数のメンバーによる共同作業であったことから、各訳者ならびに監訳にあたられた両教授の労力は相当に大変であったろうと思われる。かかる労苦に対しては、発刊の辞に読者として想定されているかたがたとともに法的実践をもって答えられるよう努めたいと評者も考えていることを記し、書評の結びとしたい。