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書 評
 
評者寺川政司
部落解放研究128号掲載

御坊市

ワークショップハウジング
―島団地再生事業のプロセスとその意味―

(御坊市、1998年3月、A4判、239頁)

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1

 形式ばった事業報告で終わる行政発行の報告書が多いなかで、次の展開を期待させる事例の報告には久しく出会えていなかった。少なくとも私はこの報告書を読んでそう感じた。つまり、完成品としての物的な報告ではなく、長期的スパンのなかで、その時々に起こる問題に対応可能なシステムの提案、新しいまちづくりへのインキュベーターとしての可能性を感じたからかもしれない。それは、再生事業が作り出す「境界」の存在をまず受け入れることからはじまる。

 報告されているのは、和歌山県御坊市島団地の再生事業についてである。この報告書は、ワークショップ方式にもとづく独創的な再生計画として実行に移されてきた島団地再生事業における実態を把握し、その意味を明らかにすることを目的として発行されたものだ。老朽化した公営・改良住宅の建替え問題がますます深刻化する現在において、中層耐火の改良住宅の建て替え事業としては全国的に先駆的な事例として、地域再生に関する非常にユニークな試みが示されている。


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2

 島団地は、御坊市の日高川沿いの同和地区内に位置し、1959年から69年にかけて建設(公営住宅六六戸、改良住宅160戸、総計226戸)され、災害に対する公営住宅、応急仮設住宅の供給とそれへの住宅地区改良事業の適用などが今日の島団地を形成してきた。住民の貧困化、物的状態の劣化、コミュニティ機能の停滞が深刻な問題として存在し、同和地区の中にあってさらに差別の対象となっていたという。

 1990年度、市の委託を受けた神戸大学平山研究室によって実態調査が実施され、再生計画が提言された。1992年、「オンサイト」かつ「横割り」の行政組織設置の必要性をうけて島団地対策室が発足。ハウジングプログラムに直ちに着手するのではなく、ケースワーク・プログラム、コミュニティ・プログラムを先行させている。1993年度より現代計画研究所が建築の専門家として参画し、1995年よりワークショップ方式にもとづく建て替え事業がはじまった。

 事業は、新敷地への建設5期、現敷地の建て替えが5期の計10期に分けて実施され、現在A・Bグループの住棟が竣工し、Cグループが着工、Dグループがワークショップの過程にあるという。

 この事業の特徴をあげるならば、行政、専門家、住民が相互貫入するパートナーシップのあり方、結節点としてのワークショップ方式の活用、そして再生事業の継続による経験の蓄積と次事業へと活かすプロセスをあげることができる。これまでの公的住宅の再生事業にはみられない実験的な手法と展望が、この事業にちりばめられているといえよう。


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 本報告書では、現在の再生事業の抱えている問題を、「制度空間をつくる事業と非制度化へ向かう実体的なベクトルがいわば還流しているような過程」において再生事業が作り出す「境界」の存在とそれを越えるための「エンタイトルメント」(資格)の保持という言葉で説明されている。そして、ここで用いられているワークショップが、3つの「結節点」(包括的プログラム、再生事業に関与する主体、プロセス)を複合的なものとして取り入れられることによって、制度空間と非制度空間との間にある矛盾をあげるとともに、「境界」と「エンタイトルメント」のあり方に関してその自明性を解体させるものとして位置づけ、この境界を可能な限り弱めてゆく施策の必要性を唱えている。その特徴は建築計画にもみられる。

 設計では、コーポラティブ方式が採用され、「場所決め」「間取りづくり」「縦列調整」そして公的空間と私的空間を相互に貫入させる「共用空間計画」へと展開されている。とくにこの計画が目指した「立体のまち」を形づくるコモンルームや屋上庭園の分散配置、空中街路のネットワーク、単身高齢者を意識した「だんらん室」の組み込みなど、その共用空間の計画は豊富である。入居者は、この計画づくりへの参加のプロセスを通じて住宅への積極的な関係性(愛着心)を認識し、入居後の日常生活で生まれる居住者間のつながりの中でそれを確認してゆくという見えないシステムのなかで、まちの構成員としての自覚へと結びつくことが期待されているのかもしれない。

 そして、具体的な施策、今後の展望としては、(1)名義関係・保証人などの制度緩和、(2)家賃に対する減免制度の拡充、(3)ケースワーク・プログラムの強化を通じた入居者の生活からの働きかけによる方策、(4)ワークショップ参加困難世帯への配慮等を示し、空間的「分割」を弱める方向性としての「特定入居」枠の活用による単身・高齢者世帯への配慮、そして非制度空間としての現在の団地に対する再評価の視点の必要性が論じられている。


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3

 さて、ここで少し、「境界」と「主体」の関係についてこだわってみたい。「境界」には、制度、空間、そして時代性(社会性)において関与する主体の視線の方向とその強さ(ベクトル)のギャップの問題があると私自身は解釈している。

 この事業は、「同和・環境・福祉・児童・教育などの分野に所属していた職員から構成される対策室が包括的プログラムを行い、住民組織の関与を通じて住民が参加していくという回路によって事業が推進されたという点において、全国的にみても新しい試み」とあるように、「境界」を見いだし、その解消へむけた一歩としては、行政や専門家の主導的役割が重要であった。実際、住民生活の不安定化、物的状態の老朽・劣化、コミュニティ機能の停滞する地域の再生が、プライオリティの高い行政施策として位置づけられたこと、柔軟な姿勢をもつ専門家の存在、そして何にもましてオンサイト事務所の担当職員の積極的(献身的)な活躍抜きにしてはこの事業は成り立っていないものであろうと推測される。

 しかしながらその一方で、このような地域において実施される事業の性格上、住民組織としての姿が希薄にならざるを得ない。このような状況の中で、公的事業として手厚い補助を受けた時の居住者の依存体質からの脱却は容易ではない。まして、住民自身が「境界」を認識し、乗り越える自立的な力を創造し、結束するという事については少し悲観的ではある。

 この事業では、その解決策としてハウジングプログラムの前にコミュニティプログラムを先行させ、事業推進の手法としてワークショップ形式を取り入れているが、実際に進める上ではさまざまな困難が山積していたであろうことが推測される。とくに建替え事業という居住者にとって直接的に利害のおよぶ物的環境に関する事業においては、権利や条件に対する意識の集中現象は起こるであろう。

 事業主体にとって、住民自らが要求と調整をする組織(カウンターパート)の存在がうすい場合、「役割分担の自動操縦」をしない緊張感を持った関係性を保つことはできるのか、事業主体側の到達点を見すえた「操縦的要素」なしに事業が推進できるのかというジレンマをも感じる。この事業においては、現段階ではオンサイトの事務所の担当者が、行政と住民を(組織的にも)つなぐファシリテーターとしての役割を担い、専門家がそれをサポートすることで、そのジレンマと闘っているのかもしれない。

 公営・改良住宅そのもののあり方が問われ、模索の時期に来ている今、老朽化する公的・改良住宅の建替えに代表される再生事業の問題はますます深刻化してゆくだろう。ここで紹介した事業は、その模索から生まれた一つの発見的な手法である。そして蓄積されてゆく経験は、今後の再生事業への重要な示唆を与えてくれる指針となろう。とくにワークショップ方式は、今後のまちづくりの手法としてその可能性が期待されている。

 しかしながら一方で、地域のおかれた場所性や環境そして住民の自治機能の強さなどによってその針のふれも大きく、手法そのものが形骸化しやすい性質をもっていることからその活用には注意深くあるべきであると常々感じている。この事業が示す問題意識やその手法を昇華しつつ、主体間相互の経験交流を重ねる中で、周辺地区と一体となったまちづくりへの展開が重要であり、「さまざまに存在する「境界」を弱めてゆく施策」と「当事者自身が「境界」を認識し、自立して乗り越える力を創出する主体づくり(エンパワー)」が必要であると考えている。

 この報告書を読み終えて、同和地区のまちづくりの可能性を強く意識することができた。歴史的に経験を積み重ねてきた地域のカウンターパートの存在に代表されるような、住民主体のまちづくりを推進する上での潜在的な要素をもっている地域として、その可能性をみたのかもしれない。