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書 評
 
評者田上時子

部落解放研究129号掲載

フェミニストカウンセリング堺DV研究プロジェクトチーム編

「夫・恋人(パートナー)等からの暴力について」調査報告書

(フェミニストカウンセリング堺DV研究プロジェクトチーム、
1996年10月、A4判、183頁、1,500円+税)

日本DV防止・情報センター編

DV解決支援マニュアル=法律編=

(日本DV防止・情報センター、1998年、A4判、95頁、1,500円)

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1

 夫や恋人による女性への暴力をドメスティック・バイオレンス(以下DV)と呼ぶが、私がかつて10年間生活したカナダのバンクーバーで、あるDV事件が地元新聞紙の一面記事になった。

 今年の2月18日、カナダ・バンクバー市駐在の日本総領事が、妻に対する暴行の疑いで現地警察に逮捕された。総領事は事件後、地元警察に「文化の問題」と主張。地元紙バンクーバー・プロビンスは事件を写真入りで大々的に報道したが、とくに総領事の発言が波紋を呼んだ。

現地からの報道によると、総領事は公邸で妻と口論になって妻の顔を殴り、負傷させた。妻はほおにあざができ、目の周りは黒くなって、病院で治療を受けた。病院からの通報を受けた警察が妻から事情を聞いているところへ総領事が姿を見せ、妻を殴ったことは認めたが、「単なる夫婦げんかを暴力と見るかどうかは、日本とカナダの文化の違いで、たいしたことではない」と話したという。


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 外交官はごく限られた場合にしか逮捕されない特権が認められているが、領事の場合は、職務に無関係な行為に関しては免責されないことが多い。とくに今回の場合は、日本政府を代表する総領事が、カナダ刑法に違反する行為に対して「文化の違い」を免罪符にしたことへの責任は重い。

カナダでは、この10年間に、女性に暴力を振るうことは重大な犯罪であり相応な対応をすべき問題であると認識されるようになってきた。刑事事件を担当する司法関係者も、被虐待女性への介入や保護にあたっては、女性団体や社会福祉関係者の職員、医療従事者などと緊密に連携をとりはじめている。

 法に則って病院は警察に通報し、警察は違法行為があったと信じるに足る充分な根拠があれば、容疑者を逮捕し、告発することができる。

 DVをめぐる支援運動は70年代アメリカにはじまった。93年12月に国連総会で、「女性への暴力撤廃宣言」が出され、95年の第4回世界女性会議で採択された「行動綱領」でも重大項目の一つに上げられ、女性に対する暴力は人権侵害であるとの認識が高まった。アメリカ、カナダの他、英国、韓国、オーストラリアにはすでに防止法がある。

 日本では、これまで女性団体を中心に、被害者の救済、支援活動に取り組んできた。とくに95年の北京会議を機に活発化しており、現在、民間シェルター(一時避難所)は全国で約20カ所になり、先進国に遅れてやっとDVが社会問題として扱われるようになってきている。

 そんな中、98年にDV防止の動きを促進することになった貴重な2冊が民間女性グループから発行された。


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2

 98年10月、フェミニスト・カウンセリング堺・DVプロジェクトチームが、被害を受けた女性の実態調査の報告をまとめた。第1章 調査の概要、第2章 調査結果の概要、第3章 暴力の実態、第4章 暴力の女性たちへの影響、第5章 暴力をふるっている男性、第6章 暴力を支える構造、第7章 問題の解決に向けて、第8章 渦中にいるあなたへのメッセージという構成になっている。

 今回の調査で配布した調査票は2900票で、347人から回答を得た。内訳は、暴力の被害体験者は66%の229人、うち現在の体験者は72人、過去の体験者は157人であった。

 第2章の「調査結果の概要」によると、今回の調査では、暴力を「身体的」「精神的」「性的」「経済的」「社会的」の5つに分類して行ったが、これら5つの暴力、すべてに「ある」と答えた人は実に「体験者全体」229人のうち139人と約6割にのぼった。

 「暴力をふるっている男性」は、8割がフルタイムの仕事をもち、大学・大学院卒がほぼ5割と高学歴であり、暴力を振るう男性の特徴として、次の2点をあげている。一つは体験者の53.3%が「家庭以外では明るく人当たりのよい方」と答えており、いわゆる「外面」がいい男たちである。また「面倒見がよく、リーダー的存在」21.8%、「真面目・実直・勤勉」34.5%。そして「お前が悪いのを直さないから暴力をふるったと親に言えばいいじゃないか」などと、「体面を気にする」48%、「気が小さく、自分に自信がない」38.9%傾向をもち、体面を繕い、男らしさを強調することによって支えている様子がみられる。2点めは加害者の男性が暴力をふるう時。「酒は飲めない」を含めて、約55%は酒を飲んでおらず、暴力は「しらふ」の状態でも充分に起こりうることを物語っているが、しかし、40%は、飲酒が暴力の引き金となっている点である。飲酒と暴力の関係のすさまじさがうかがえる。


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 暴力の実態を見ていく中で、そこに流れる共通なものとして、男性が女性を支配するという権力的な構造が浮かび上がってくると、報告している。自由回答欄には、パートナーのあからさまな男尊女卑的な態度や考えの記述が多く見られた。性別役割論の根幹をなす「男は仕事、女は家庭とそれぞれの役割を分担するのがよい」という問いかけに対して、体験者は3.1%、パートナーは50.2%である。この両者の性別役割意識の乖離はすべての質問に見られ、パートナーの性別役割意識は、女性役割肯定に比して、男性役割肯定の割合は低く、その性別役割意識には偏りがあるといえる。

第8章「渦中にいるあなたへのメッセージ」は、過去に暴力を受けた体験のある女性たちから、今、渦中にいる人へのメッセージで、その内容は「勇気を持って、一歩踏み出して」「ケガをしないように逃げて」「ひとりで抱え込まず、第三者に相談を」「あなたは悪くない。自分を大切にして」などなど、どれも体験者だけが語れる力強く、優しいメッセージである。


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3

 日本DV防止・情報センターは全国ではじめて、DVネットワークの拡大や被害者への情報提供を目的に、弁護士やカウンセラー,医療関係者らが中心となって98年5月に神戸市で発足した民間団体であるが、今回、DVの法的分野からの被害者の支援の方法を指南した「DV解決マニュアル=法律編=」を発行した。

 本書の筆者の一人、角田由紀子弁護士が「夫(恋人)からの暴力に対する法的処置」で指摘しているように、アメリカやカナダなど、この問題に対する法的対応の歴史を持つ国と比べたとき、日本法の最大の特徴(あるいは欠陥)は、「夫(恋人)からの暴力」という女性に対する重大な人権侵害の事実が存在しているという認識がないことである。

その結果、被害者に対する適切な救済や加害者に対する適切な対応・処罰ということを意識しての制度がないことはもちろん、現行法のその観点からの運用が欠けている、という。


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 例えば、夫が隣人や会社の同僚を殴ってケガをさせたら、「刑事法」の暴行罪または傷害罪という犯罪を犯したものとして逮捕され、しかるべき処罰を受ける。ところが、夫が妻を殴ってケガをさせても、「夫婦ゲンカ」の延長線上にあり、法律が介入すべきでない私的行為として、多くは非犯罪扱いされる。

 本書の作製は同センターの運営委員の一人、長谷川京子弁護士が中心になって、いまだ極めて不十分ながら、DVは、「家庭ないし親密な関係にある男女間でその力関係を背景にして起こる力による支配」としての視点で、今の現行法での被害女性への法的な支援のあり方を説明している。

また「DV事件の法的支援の目標」を「夫から別れて人間としての誇りと安らぎを回復するために夫から独立した生活をゼロから再建していく事業であり、生活再建には、心身の健康の回復、収入の確保などの経済的問題の解決、離婚といった基本的課題があり、これに、DVに巻き込まれた心的外傷を受ける子どもの心身の健康の回復などの対応という課題が加わり、DVケースの法的支援は、法的解決だけ切り離して存在するのではなく、引き続き生活の再建事業に打ち込めるような支援が望ましい」と指摘する。


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 本書では、刑事告訴の仕方や、その際に何が証拠になるのか、接近禁止や退去の仮処分を裁判所に申し立てる手続きなど、具体的な方法を示している。

 また、暴力男性から逃げたいとの相談を受けた時には、健康保健証や住所録、手紙、おもちゃなど子どもが大切にしているものを持っていくように助言するべきだ、などと解説している。

 巻末の資料として、「接近禁止等仮処分命令申立書」「告訟状例文」「警察に対する申入書」があるのも有り難い。

 97年に設置された総理府の男女共同参画審議会「女性に対する暴力部会」が答申をまとめ、当面の課題として、被害者に対しての相談窓口・シェルターなど、必要な情報が届くシステム作りや、女性の人権を尊重するための教育や施設の充実、暴力の再発を防止する対策の検討、女性のエンパワメントを図ることなどを上げている。

 DVは今もどこかで起こっている。一日も早い実施を期待している。