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貧困問題が80年代後半から社会政策で解決すべき各国の課題として、再び取り上げられている。第2次世界大戦後に成立した福祉国家による社会保障政策が直接に対象としたのが、貧困問題であった。年金制度の整備や失業手当制度、最低賃金制度、児童手当制度の確立、医療費の社会的負担などが制度化され、経済的貧困については一応、解決したと思われていた。日本でも生活保護制度の受給者は急速に減少してきた。むしろ、先進国では80年代後半から高齢化・少子化への対応や長期ケアの保障に政策の重点が移りはじめた。
しかし、その80年代にアメリカ・レーガン大統領の新自由主義経済政策をきっかけにして、世界各国で中央政府による社会政策の縮小・市場経済万能主義が国家による保護主義的福祉政策を片隅に追い込めた。巨大な資本力と先端技術を備えた企業はグローバルに国境を超えて発展してきた。小さな政府論と個人の自己責任原則が、企業のリストラクションや、急速な転換についていけない人びと、多くの失業者や低賃金で不安定な労働者、ホームレスを大量に生み出した。
この本は日本でいう生活保護(公的扶助)に相当する所得保障制度の改革について取り上げている。フランス語での副題は「貧困と排除に対する闘い」である。「排除」というテーマからは、イギリス労働党のブレア首相もサッチャー政府の政策が社会から多様な人びとを排除したことを批判し、統合(インクルージョン)を新しい社会政策のスローガンに掲げて登場したことを思い出す。アメリカの大統領選挙の争点も80年代からの新しい経済成長の時代に、経済発展の恩恵を受けることがますます少なくなった低所得者層に対して、どんな政策を提案するかを巡って争われている。
外国の社会政策を理解するときには、その国ぐににおける社会形成のあり方や市民意識の水準、過去の政策についての点検など、かなり困難な作業を必要とする。と同時に、こうした国際的な政策の流れの中に置いてみることも重要である。
今一つ、国際的な政策を反映していると思うのは、フランスの制度に「参入最低限所得」という名称がついていることである。低所得者が社会的排除から脱出して社会にあらためて参入する努力を支援する点に、政策の重点があることを示している。手当を受給しようとする者は、本人の能力に応じた内容の参入契約に署名する。受給者がその契約を履行しない場合は、手当の停止・廃止もありうる。
イギリスも「福祉から雇用へ」と職業訓練を受けることを現金給付の資格要件にした。アメリカのクリントン政権も惰性に流れる従来の生活保護を、就労意欲の充足に結びつける政策に改革した。社会的排除が現代の貧困を特徴づけるものであれば、社会への参入・参画こそが、政策の目標になるからである。障害者、高齢者などが生活の管理に結びつく保護よりも自己決定、自立支援を求めだしたことも、影響している。
本書によれば、フランスやヨーロッパ全域でも、就労・参入という条件を外して所得を保障すべきだという意見や運動もあり、議論が交わされたことが記述されている。日本でも障害者市民の就労・雇用政策を議論するときに、双方の意見が飛び交う。生活保護に依存するのではなく、自分たちの能力を発揮して社会の一員として参画を求めている人たちは、その意欲に応える所得支援策がないことを取り上げる。一方で、就労を義務付ける政策は、資本主義的労働能力がないと見なされている障害者市民を、社会にとって存在価値がないかのように扱い、不慣れな安価な就労に追い込むものだという意見もある。
とはいえ、政策では同じような考え方であっても、やはりフランスは市民社会が定着していると感じる点も多い。たとえば、参入契約に盛りこまれる活動内容は次の通りである。(1)受給者の意欲を動機づけて再奮起させる活動、(2)公共的利益を生む雇用・就労、(3)受給者の市民生活における自治の確保、地域におけるアソシエーションの社会的団体活動などへの参加、余暇・文化・スポーツなどの諸活動への参加(日本でいうNPOだろうか・大谷)、(4)住宅(再)入居や住宅改造への援助、(5)職業基礎教育や就労に関する、養成企業や職業養成機関・アソシエーションとの協定、(6)医療保障の施策である。
人口10万人程度の単位に全国700ヵ所の地域参入委員会を設けている。そこは参入プログラムを作成し、実行状況を評価し、手当て支給の停止も指示できる。参入援助者は、コミューン、アソシエーション、企業、低家賃住宅事務所、職業養成機関、医師があげられており、委員会はその代表者で構成する。これは行政機関ではなく、貧困対策を80年代以降築いてきた公私協同組織という。福祉事務所のワーカーも関わっている。日本に引きつければ、障害者や就職困難層への自立を図る就労支援センターの形である。
本書を私が直面している日本の政策に引きつけて紹介しすぎたきらいがある。この著書はフランスに焦点をあてて、70年代からの経済成長の中でも貧困が存在していることから書きはじめている。80年代に社会問題になった新しい貧困の明確化とそれまでの社会保護制度では対応できない限界を示すとともに、民間団体がどういう活動を行ったのかを記述している。さきにも述べた「排除」について1つの章を設けているのも、90年代の実態と政策課題を確定する問題意識をよく示している。
当面のテーマである「参入最低限所得(RMI)制度」が検討されるフランス社会を描いた後で、第2部がはじまる。新しい制度が採用されるためには、それまでにどんな制度が準備されていたのか、それらの制度でどこまで対応できたのか、問題点はどこにあったのか、その問題は制度自体に起因するものか、制度の想定を超える課題が出てきたのか、財政上の限界にぶつかったのか、受給する市民の側に解決できない点があったのか、など。こうした検討を資料に基づいて明らかにしてあり、フランスの社会保護制度になじみがない私でも、理解できる。
このプロセスが丁寧に書きこまれているのは、意味がある。フランスでは労働能力があるものは扶助の対象にしないという原理があった。日本と同じである。著者は「では何故、RMIの創設が可能になったのか?」と自問する。「RMIの創設を引き出した貧困の展開、直面した貧困に対するフランス人の理解(貧困観)と対処(社会施策)を明らかにして、わが国への教訓を得ること」を目的にしているからである。
問題点を整理した後で「参入最低限所得制度」の内容と手続き過程が示される。受給者の状況がデータによって分析される。受給者は職業につくことによって制度から退出する。著者は総括的に「RMI制度は、失業者に対して低水準ではあるが生活を支えて、参入契約を盾にとった生活への過度の干渉もなく、にもかかわらず(『だからこそ』というべきか)『働きたい』という意思・自立への意欲を保持している」と、その意義を高く評価している。
著者はわが国の生活保護制度への強い懸念・批判からフランスの社会保護制度の研究にむかったという。日本の生活保護制度は基本的枠組みは半世紀を経ても大きな改正をしていない。むしろ、80年代以降、より硬直化しているともいえる。被差別部落住民をはじめ障害者、高齢者、母子家庭、最近では若年層も含んで、働きたいという意欲をもっている人たちを支援する所得保障制度はないままである。その意味でも、この著書がより広く読まれて、新しい政策の創出にむけて有効に活用されることを期待したい。