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書 評
 
評者窪誠
部落解放研究137号掲載

国際人権NGOネットワーク編

ウォッチ!規約人権委員会
―どこがずれてる?人権の国際規準と日本の現状

(日本評論社、1999年12月、A5判、268頁、2,400円+税)

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 政府が「国際化」を唱えるようになって久しい。湾岸戦争、カンボジア紛争を契機に、「国際貢献」を強調し、自衛隊の海外派遣とともに巨額の税金を貢ぐことになった。ビッグバンによって、金融経済の面でも、「国際化」が政府指導の下で押し進められた。

 義務教育における英語教育の必要性も強調される。「国際化」が一種のブームのように騒がれているが、実は、政府がかたくなに拒否し、知られまいとする国際化が存在する。それが、人権の国際化である。

 国際連合は、人権の保護をその設立目的に掲げた。これに基づいて、世界人権宣言、経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約、市民的及び政治的権利に関する国際規約とそれに続く人権諸条約が国連総会で採択されてきた。

 日本国憲法は、その前文で「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言し、第98条において、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」と謳っている。にもかかわらず、一方で、政府は法的根拠のない経済の国際化や、憲法に明確に違反する軍事の国際化を推進しながら、他方で、国連憲章をはじめとして日本が批准した人権諸条約ならびに日本国憲法が明記する人権の保護促進については、十分な考慮を払ってこなかった。

 人権の国際化、すなわち、「国際人権」を日常の生活の中で生かしてゆこうと考え、実行しだしたのは、他でもない、差別などの人権侵害被害者をはじめとする庶民だったのである。国・政府がこれまで人権問題にどれほど目を背け、逆に庶民の側はどう立ちむかってきたのか、そしてこれから、どう立ちむかおうとしているのか。

 日本における人権状況を、国・政府の観点、当事者である庶民の観点双方から、しかも、国際人権をとおして概観できるコンパクトな資料が、NGOのネットワーク団体によって発刊された。それが、本書である。


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 日本は、先にふれた、市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国である。その義務として、政府は条約の実施状況を規約人権委員会(以下HRC)という、本書のタイトルとなっている、国連の機関に定期的に報告する義務がある。その報告に関する委員会委員と政府代表との間の「建設的対話」をとおして、よりよい人権の保護を確保しようというのが、この政府報告書審議の意義である。

 これまで、1981、1988、1993、1999年と4回の報告書審査がおこなわれている。ところが、第4回報告書を審査したHRCの「最終見解」は、「1993年の第3回報告書審議後の勧告がほとんど実施されていない」と日本政府の姿勢を厳しく批判している。

 そこで、HRCの「一つひとつの勧告の背景に、HRCにおけるどんな議論があり、その議論の背景にはどんな現状・問題があるのか―今回のHRCが取り上げた問題をテーマごとに整理し、焦点をわかりやすく紹介・分析しようというのが本書の目的である」。とくに、「人権の国際基準とのズレをHRCが明確に指摘した問題に的を絞って検討」されている。


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 全体の構成もわかりやすい。これまで法律や国際人権にあまりなじみのない人にも、容易に読めるよう工夫されている。

 まず、第一部「レビュー・規約人権委員会と日本審議を振り返る」で、これまでの報告書審議がどのように行われてきたのかを概観する。 第2部「自由権規約を実施するためのシステム的課題」では、人権保護に関する日本の制度的問題点が指摘される。

 第3部「ここがずれてる!日本の人権と国際基準」では、個別具体的な問題が、当事者および当事者とともに闘うNGOによって解説される。第4部では、第5回審議にむけた将来の課題が検討される。

 そして、最後の第5部は資料となっている。この構成から、すぐにわかることは、本書は、単なる研究書や解説書ではなく、「これから何かしなくてはならない」と思っている人や、すでに何らかの人権保護運動にかかわっている人びとが、より効果的な活動ができるようにと願ってつくられた国際人権実践ガイドブックである。


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 次に、もう少し詳しく見てみよう。まず、第1部では、NGOがなぜこの報告制度に注目するのか、そして、どのような形で、HRCとかかわっているのかが、詳しく解説される。いうまでもなく、報告書審議とは、日本政府が国連に提出した報告書を中心に審議することになるが、これには、誤った説明やあいまいな説明も含まれている。ところが、NGOはHRCの審議を傍聴することはできても、直接審議に参加する資格はない。

 そこで、より公正で有意義な「建設的対話」が行われるように、委員会委員にカウンターレポートという形で、より正確な情報を提供するのである。また、ロビイングといって、直接委員に面会して、カウンターレポートに説明されている問題点をよりわかりやすく説明する。

 大切なことは、このような委員に対するアプローチは、国内の議員に対する陳情活動とはまったく異なることである。著者が注意しているように、大人数で押しかけて、「よろしくお願いします」というのではなく、少人数で委員との間の綿密で正確な情報交換を行い、問題点を明らかにするための活動なのである。

 第2部の日本の制度的問題点については、4つの論文によって検討される。ひとつめは、裁判所が「公共の福祉」と「合理的差別」という不明確で非論理的な言葉を用いて、国による人権侵害や差別を合理化してしまう問題が検討される。

 こういった裁判所のあり方に対して、ひとつの論文は、人権諸条約の個人通報制度を批准すること、別の論文は、「人権教育のための国連10年計画」にしたがって、裁判官に対する人権教育をおこなうことを提起する。さらにもうひとつの論文は、現行の人権擁護委員制度がほとんど機能していない現状を批判し、政府から独立した国内人権機関を設置する必要性を検討する。

 第3部では、個別の人権問題について、国内基準と国際基準のずれが説明される。その分野は、以下のとおりである。「アイヌ民族の権利と沖縄の人権状況」「在日コリアン・マイノリティ」「外国人労働者問題」「外国人女性と子どもの人権」「入管行政」「婚外子差別」「女性差別」「部落問題」「障害者に対する強制不妊手術」「職場における人権侵害・思想差別」「所属労働組合・思想・信条等による労働者差別と救済措置」「死刑問題」「『代用監獄』問題(起訴前の勾留制度)」「証拠開示」「刑事被拘禁者の人権」。


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 以上述べたことは、別の書籍や雑誌などでも、さまざまに論じられ検討されている。本書の圧巻は、第5回審議へむけてNGOが何をすべきかを具体的に提起した第4部である。詳しくは、本書を読んでいただくことにして、ここでは、その見出しだけをあげて読者の興味をそそることにしよう。(1)広報(2)政府との協議(3)NGOレポートをつくる(4)他のNGOとの情報交換、協調(5)審議の傍聴とロビイング(6)国際基準の設定にかかわる(7)HRCの議論を国会にもち込み、国会の議論をHRCにもち込む。さらに、第5回報告書審議を日本で開くことも提言している。とくに、(5)審議の傍聴とロビイングについては、筆者の経験をふまえたより具体的な、以下のような注意点が添えられている。(a)ロビイングの対象をしぼる。(b)日本以外の審議を聞く。(c)他国の類似の問題と関連づける。(d)他国の審議についてロビイングする。

 最後に、日本のNGO活動の現在の到達点を示す、次の言葉で本書の紹介を終わることにしよう。「国際人権法は西欧社会がつくったもの、日本の土壌に根ざした要素は入っていないという議論は、1980年代までの話だ。日本のNGOはすでに、国際人権法の使い手から作り手としての役割も担いはじめている」