第1章は、CSRについての基本的な概念が説明される。かねてから企業倫理について研究を深めてきた著者は、各文化圏における価値体系の相違や、南北間の経済的格差などから、国際的な規格化に当たっては、文化的な多様性に配慮し、具体的な価値基準の採用については慎重であるべきとの自説を展開している。
第2章では、様々な国際的・国内的なCSR規格についての概略が述べられた後、ISOにおける規格化についての昨今の動きが紹介されている。とりわけ、消費者保護作業グループにおける報告書の内容が詳しく説明されているが、最も重要な点は、現在においても世界的に統一化された規格は存在せず、先進国である米国とEUでも、その考え方は異なるという点である。そのため、ISOが取り組むべき内容としては、やはり企業内の体制としてのマネジメントシステムを中心とすべきで、このことにより、多種多様な環境で事業を展開する企業が幅広く参加することができるとしている。
次に、米国と並んで企業の社会的責任についての先進地域であるEUの取り組みを紹介するのが、続く第3章である。欧州の取り組みとしては、経済・環境・社会というトリプルボトムラインから社会的責任を把握するという流れに沿いつつも、とりわけ目を引くのが、変化(リストラ)への対応と、従業員の職業能力(エンプロイアビリティ)の項目である。また、外部的側面として、人権の視点が盛り込まれている点も、注目される。
さらに、EU委員会が策定した上記方針について、各ステイクホルダーがどのように反応したかが詳細に紹介されている。欧州特有の様相である「政府によるCSR規制」をどう評価するのか。この点についての議論の動きは、極めて興味深い。
EUの取り組みを、政府によるCSR推進と捉えるならば、株主による促進という意義を有するのが、昨今発展著しい社会的責任投資(SRI)である。第4章では、米国・欧州・日本におけるSRIの広がりと、各格付け機関やSRI運用機関における評価の取り組みを特に企業選定のあり方、及びSRI運用機関の株主行動について紹介している。さらに、日本企業への影響も概説されている。中でも興味深いのは、SRIの運用パフォーマンスに関する論点である。
つまり、SRIは、有効な投資戦略といえるか否か、ということである。現在もいまだ結論は出ていないとしつつ、中長期的に見た場合、相対的にリスクが少ないため、SRIのパフォーマンスが良好であるとの主張には、一定の説得力があるとしている。
最後に、第5章では、企業団体は、このCSRの動きに対してどのように対応してきたかが述べられる。主要な企業団体の取り組み(日本経団連の企業行動憲章改定や、関経連の企業倫理・CSR実践ガイドラインの策定、経済同友会の企業評価基準提唱など)を紹介した上で、日本の経済界としての捉え方や対応のあり方が示されている。つまり、CSRのあり方は多様であり、企業の自主性が尊重されるべきということだ。
他方で、経営にかかわる問題であって、事業活動の一部として位置付ける必要があるとしている。かような観点から、CSRについての課題としては、社内体制の整備や企業トップの認識向上が必要であるとしつつ、標準化に当たっては、企業の多様性・自主性に配慮し、過度の負担を避けるべきだとしている。
CSRに関する産官学のエキスパートが最近の情報を簡潔に紹介していることから、資料的価値も高く、また初学者にとっても、企業の社会的責任実践を垣間見る上で、有益な著作である。是非一読をおすすめしたい。