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2003.10.15
書 評
 
評者妻木進吾

部落問題に対する意識形成調査報告書

部落解放・人権研究所編、A4判66頁頒価1000円+税

  現在、「心理的差別」の克服は、様々な取り組みの中でも遅れており、差し迫った課題であるとされている。この課題を克服するためには、部落問題をめぐる意識がどのようにして、またいかなる要因によって形成されるのかを明らかにすることが不可欠である。本報告書は、被差別部落出身ではない人々に対して行った聞き取り調査データの分析から、部落問題をめぐる意識の形成に関する知見を提示することを目的としている。

  これまでの部落問題をめぐる意識に関する分析は、ともすれば被差別部落に関わる差別意識、偏見の形成・維持・変容の分析に偏りがちであった。本報告書は、そうした分析にとどまらず、差別に気づき、立ち向かうことのできる意識(人権感覚)が、どのように形成されているのか、またどのように形成されうるのかという点により重点を置いた分析を行っている。「差別はいけない」「自分は差別しない」と考えながら、具体的状況におかれると、「差別する可能性」を持ち、「結局差別してしまう」という現在の部落問題をめぐる意識の特徴を踏まえた、こうした分析視角が本報告書の特色となっている。

  1章「被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程」では、社会心理学における「関与」概念、産業・組織心理学における「多重コミットメント」概念を用い、1)排除・回避の方向であれ、反差別の方向であれ、関与の高さは、被差別部落に対する意識の形成に大きな影響を及ぼすこと、2)被差別部落に対する意識は、一元的ではなく、人々がコミットするさまざまな領域という多重性をもっており、ある領域での反差別の意識が、必ずしも他の領域での反差別の具体的な行動の選択に結びつくとは限らないことを明らかにしている。

  2章「反差別に結びつく意識の形成要因」では、個人と個人、個人と集団などの関係のありようを切り口とし、3)部落に関わる規範や様々な情報と接触した場合、それが差別的であれ反差別的なものであれ、緊密・親密な人間関係、信頼に満ちた関係が形作られている間では容易に伝達、受容されること、4)部落出身者との対面的接触は、一定の条件下においてであれば、部落に対する意識を肯定的に変化させる契機となること、5)反差別を期待される地位(企業における人権啓発担当など)に就くことは、一定の条件下においてであれば、反差別の行為と意識が導き出される契機となることを明らかにしている。

  これら分析から得られた知見に基づき、各章において啓発等の実践への若干の提言を行っている。