本書は企業と社会の相互関係を通していかに企業社会のシステムがつくられ、つくりかえられるか(=リコンストラクション)、そのダイナミックなプロセスを分析することを主題としている。また、本書においては企業と社会のインターフェイスにおける新しい問題領域として、企業の社会的責任、企業の社会的評価、社会的責任投資、グリーン・コンシューマリズム、企業とNPO/NGOの関係、ソーシャル・エンタープライズなど、企業と社会のかかわりを考えていくうえでの広範なキーワードがちりばめられている。
「企業人向けの講演会や勉強会にも、はやり廃りがある。このところ人気急上昇のテーマが、企業の社会的責任論である」―これは2003年1月11日付の朝日新聞「天声人語」の一節であるが、本書は今はやりのトピックスについて、ただ新しい動きや事例を紹介する解説書の類とは異なる。著者は長年、「企業と社会」論、企業システム論を研究テーマとしており、行政や経済団体、NPO等が主宰する関連の研究会や欧米調査団にも参画するなど幅広い視野と経験を有している。本書において著者は企業と社会のかかわりを体系的に捉える理論的な視点を提供するとともに、様々な動きの背景にある時代の変化やその意味についても考察を行っている。
企業の社会的責任とは今日、「日常の経営活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境への配慮といったことを組み込んでいくこと」にあると著者は定義する。また、「企業が市場社会の中で期待される社会的な役割や機能は決して固定的なものではなく、時代とともに変化する」。こうしたことから、これからの社会的に責任ある企業のあり方については読者自身がこれを追求していくことを求めている。
以下、五部十五章で構成される本書の内容を要約し、その特徴を紹介することとしたい。
第一部「企業社会システムをみる眼」では、企業と社会の問題を考える基礎理論的な視点を提示している。「企業はいわば真空状態の中で経済合理的な活動を行っているわけではなく、社会・政治・文化・国際関係といった領域と深く関わっている」。このため、経済学や経営学、社会学といった専門分化した個別の学問領域の視点から、あるいはまたこれらの成果を単に寄せ集めた「インターディシプリナリー(学際的)」なアプローチからは、複雑な現実世界の全体像を描くことはできない、としている。
そこで著者は、異なる学問領域を相互に関連づけ統合しながら解釈していく「トランス・ディシプリナリー(超学的)」なアプローチによって、企業と社会の相互依存関係のダイナミズムを分析する「企業社会システム論」を提起している。また、その際の分析の枠組みとしては、「企業と社会の中間に立ち、双方の動き、その相互関係を捉えていくこと」が重要であるとしている。
第二部「わが国における企業社会システムの様相」では、企業を中心に形成されてきた経済社会システムの構造について分析している。ここでは、戦後日本の社会経済システムの特徴であった「会社本位のガバナンス構造」および「働く人々の会社=組織〈共同体〉に対する強いコミットメント関係」の変容に加え、「企業社会と公共性」の問題にも言及している。すなわち、日本ではこれまで「公共的な問題の解決はお上(政府・行政)に依存し、個人レベルでは公共利益より自己(グループ)利益を優先する姿勢が強かった」。しかしながら1990年代半ば以降、阪神・淡路大震災等を契機として、「ローカル/グローバルな公共問題に対して、自分たちが社会活動の主体となってボランタリーにかかわっていこうとする市民の新たな動きが広がりつつある」ことに著者は着目している。
続く第三部「企業社会システムのつくりかえ」 では、企業社会をつくりかえていくリコンストラクションの原理について検討を行っている。著者は政府でも市場でもない第三セクターとしてのNPO、とりわけ、「社会的な課題の解決を社会的使命とするNPOが個々の問題領域において自由で自律的な活動を行い、“もう一つの公共”を担うことによって、社会を再活性化し変革していく力となる」ことへの期待を表明している。
1980年代後半〜90年代以降、企業活動のベースにある市場社会の構造は大きく変化し、「新しい企業システム・モデル」が求められるようになってきている。ここでの主な変化として、著者は
- 多様なステイクホルダーに対する「説明責任」および「ステイクホルダー・マネジメント」の要請
- 財務的指標のみならず社会的指標を関連づけながら投資決定する「社会的責任投資」の進展(日本でも1990年代後半以降、エコファンドや社会貢献ファンドが登場)
- 企業の社会的責任に関心を持ち、それを踏まえて消費決定する「グリーン・コンシューマリズム」の動き等
を指摘している。
また、こうした変化の背景には、
- 経済活動の大規模化、複雑化による「経済基本主義」(企業は法律の遵守、納税義務、株主責任を果たしながら、経済活動を通して社会に貢献することが基本だとする考え方)の限界
- 経済活動のグローバル化の進展
- NPO/NGO活動の広がり、その組織化・専門化、ネットワーク化
- IT、インターネットの発展
等があるとしている。
そのうえで、「新しい企業システム・モデル」に求められるものとして、「日常の経済活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境への配慮というものを組み込み、株主を含めたステイクホルダー全体とのバランスの中で、経済的・社会的成果を高めていくシステムを構築していくこと」を掲げている。
ここで著者は企業の社会的責任を考える際に、これまで日本において陥りがちであった問題点のひとつとして「社会的責任と社会貢献の混同」をあげている。「社会貢献活動=フィランソロピー活動は基本的に本業を超えて行われるものであり、企業の社会的責任とはイコールではない。また、企業の社会的責任を社会還元と理解する見解もみられるが、余裕があるから還元するという性質のものとも異なる」との指摘である。また、「責任の段階的理解」すなわち、企業の社会的責任を類型化し、まず法的責任があり、次に経済的責任があり、その上に社会的責任・倫理があるというように、段階的に理解する見解に対しても、「企業の社会的責任とは、基本的な経済活動のプロセスにおいて問われる責任である」と一刀両断である。
第四部「わが国における企業社会システムの課題」では、企業の社会貢献活動の流れを概観した上で、社会的課題の解決に向けた企業とNPOのユニークで先進的なコラボレーションの事例を取り上げている。また、コラボレーションを進める上で企業に求められる課題として、
- 「企業市民」の概念を、フィランソロピー・レベルにとどまらず、より広いコンテキストの中で日常の経営活動を含めてトータルに理解していく必要があること
- 社会貢献活動についても企業理念とのリンクや本業においてキーとなるステイクホルダーを絞り、その期待に応えること
など、戦略的な取り組み方が求められている、と指摘している。次に、NPOに求められる課題としては、
- NPOが魅力的な“モノ”をもっているかということ
- NPOのマネジメント・システムを充実させること
- NPOにもソーシャル・アントレプレナーシップが必要とされる
としている。その上で、企業とNPOがコラボレーションしていくための「出会いの場」をつくっていくことの必要性を指摘している。
第五部「企業社会システムにおける新しい動き」では、企業の社会的評価システム、多様なステイクホルダーに配慮したコーポレート・ガバナンス、ソーシャル・エンタープライズ(社会的課題の解決をミッションとする事業体)といった、近年みられる新しい動きについてその意義と可能性について考察を行っている。
このうち、企業活動の社会的評価に関しては、主として米国における企業の社会的評価の仕組みを紹介している。企業を評価する基準としては従来、主として収益性や成長力、規模、ROE(株主資本利益率)などの財務的指標が用いられてきたが、1990年代以降、社会的に責任ある企業行動を求める声を受けて、社会的な観点からも企業を評価する傾向が広がり始めている。
そのための主な評価項目としては、環境、女性・マイノリティーの登用、コミュニティ支援、途上国における労働環境、軍需兵器産業との関係、人権など広範である。著者はこうした動きを「消費の力、投資の力によって企業に社会的公正性や倫理性を求めていくような戦略が大きな影響力を持つようになってきている」と評している。一方、企業の側では、こうした社会環境の変化を捉え、社会的に責任ある活動を「社会的戦略」として位置づけようとする動きが出てきている。
紙面の制約もあり、ここでは簡単な紹介にとどめるが、企業の行動原則や評価基準には次のようなものがある。社会(NPO)サイドからのものとしては「セリーズ原則」(1999年策定、企業の環境行動に関する原則。トリプルボトムライン、すなわち、経済、環境・社会の三つの情報を一元化した報告書を提案)、「SA8000」(98年策定、途上国における労働・人権問題に絞った企業行動基準)など。
企業・国際機関による、企業の自主的な評価基準としては、コー円卓会議による「企業の行動指針」(1994年策定、日米欧の民間経営者による多様なステイクホルダーに配慮していく行動原則)、国連の「グローバル・コンパクト」(99年にアナン事務総長がダボス会議で提唱、人権・労働・環境に関する九原則を提示)、さらにはISO(国際標準化機構)において企業の社会的責任に関する新たな規格の策定に向けた検討が進められていること等があげられる。
日本企業としては、企業の社会的責任への取り組みが各ステイクホルダーからの信頼向上につながるとともに、市場を介して企業の競争力を強化し、収益改善に寄与するとの認識のもと、企業経営上の位置づけを再確認すること、国際基準・規格の策定段階から積極的に参画していくことが重要であろう。
本書では理論的な議論を行っている前半部分を中心に、一般には少し耳慣れない用語がいくつか出てくる。その意味では少し腰を落ちつけて読み込んでいく必要があるが、著者はキーとなるコンセプトや主張については繰り返し、ないしは表現や視座を少し変えて解説を加えている。企業や企業評価機関、NPOなどの具体的な取り組み事例や著者がかかわった調査報告などの参考文献も豊富で、巻末の索引(引用文献・引用URL一覧、事項索引、人名・機関名索引)を充実させるなど、読者の理解を助けるための工夫も随所にみられる。
企業と社会論や企業の社会的責任論に関心を持つ研究者や学生はもちろんのこと、企業において社会的に責任ある企業像、企業評価のあり方、NPO/NGOとの関係といった問題に日々取り組んでいる実務担当者、さらには企業行動を監視・評価しているNPO/NGOや企業調査機関の担当者にとってもお薦めの一冊といえよう。
なお、本稿では十分な言及ができなかったが、社会的責任投資の動向に関心を持っておられる読者は、併せて、著者の『SRI 社会的責任投資入門―市場が企業に迫る新たな規律―』(日本経済新聞社、2003年6月刊行)を参照されたい。