1990年代、冷戦終結に伴って吹き荒れた民族紛争の嵐は、国際連合への期待をはかなくも打ち砕き、国際社会はその傷跡を治癒できずにいる。こうした情勢は、国際人権基準、とりわけマイノリティの権利の理解と展望について、巨大な影響を及ぼしている。
本書は、かかる問題領域について長らく研究を重ねてきた論考を編纂したという意味で、著者にとっての記念碑的な著作であると共に、各地のマイノリティが置かれている状況を権利の観点から捉えなおすに当たり、その基本的な視座を提供するものである。
人権問題が国際社会の正当な関心事項となりつつあること、そして国際社会で人権問題が取り扱われる態様について原論的に解説された後(序章)、実体的なマイノリティの地位と権利(第一章)、外国人の地位と権利(第二章)、さらに人種差別の撤廃とマイノリティ・外国人差別(第三章)がそれぞれ考察される。かかる構成は、単に便宜上のものではなく、国際法上マイノリティが享有する権利の性質と密接な関連を有しているのだ。
すなわち、マイノリティの定義の問題に関連して、自由権規約上、マイノリティの範囲は国籍の如何に関わらないとされる一方、マイノリティが享有する権利は、それぞれの歴史的背景と置かれている状況が異なっていることから、その内容も異なる。それゆえ、個別具体的な権利内容の解明が必要となる。
また、外国人はマイノリティの範疇に包摂されている一方で、伝統的国際法において外国人の地位は、相当の注意義務が課せられる点を除き、基本的に国家の自由裁量に任されて来た関係で、特別の考察を要するのである。
さらには、マイノリティの権利は基本的にアイデンティティ保護を内容とする一方で、個別のマイノリティ集団は、マジョリティからの差別を受けてきたし、現在もそうである。それゆえ、特に人種差別撤廃に関する法規範との関係をいかに理解すべきかは、極めて重要な意義を有するのだ。
各個別の問題領域において、著者がどのような回答を打ち出しているかについて、ここでは詳細に述べることはできない。しかしながら、各章を貫いているのは、いかなる者も自己のアイデンティティを保持し、かつ差別を受けないという確固たる信念であり、かかる観点から、国際法におけるマイノリティの地位の発達を実証的に明らかにする学究的誠実さである。著者の学問的成果をいかに受け継ぎ、かつ実践してゆくのか。これが我々に課せられた使命であるように思われる。