差別問題について言及する際に、最も頻繁に引用されるキーワードの一つは「偏見」であろう。例えば、行為レベルにおける「差別」には、態度レベルにおける「偏見」が影響を与えているという説明である。しかし、「偏見」を解消するための方法にまで踏み込んで、日本で紹介されている文献は意外と少ない。本書の最も特徴的な点は、ただ「偏見」や「ステレオタイプ」の説明を行うだけではなく、その解消にまで視野に入れた社会心理学研究の概説を行っていることである。
評者が注目する本書のもう一つの特徴は、否定的ステレオタイプ・偏見をもたれる側の心理について紹介を行っていることである。近年、部落問題研究においても、その「心理的『被』差別」状況に対して言及がなされているが、「スティグマ」(否定的な社会的アイデンティティをもたらす属性)を付与された人々が、具体的にどのような「『被』差別」状態におかれているのか、本書によってより鮮明となる。その代表的なものが、「ステレオタイプ脅威」と「帰属の曖昧性」である。
「ステレオタイプ脅威」とは、自分たちがステレオタイプに関連づけて判断され、扱われるかもしれない、自分の行動がそのスレテオタイプを確証してしまうかもしれないという怖れである。こうした怖れは「スティグマ」を付与された人々のアイデンティティに脅威を与える。「帰属の曖昧性」とは、生活の中で他者から否定的/肯定的な結果を受ける際に、それがステレオタイプや偏見のせいなのか、本人の資質のせいなのか理由づけが曖昧になることである。このことは、自分の能力を査定することに対する困難をもたらす。つまり、偏見のせいにもかかわらず自分の能力がないためだと思ってしまったり、逆に、成功しても他者がかいかぶっているだけと自分を実際よりも低く評価してしまうのである。昨今、部落の子どもたちの低学力問題において、自尊感情の影響が議論されているが、偏見はそうした自尊感情を破壊し、上記のような心理的な困難をもたらすこととなる。
最後に、ともすれば偏見は個人の心理の問題としてとらえられがちである。しかし、偏見を偏見たらしめるのは社会構造・規範であり、その解消のためには、究極的には社会構造の変革が不可欠であることは言うまでもない。しかし、そうした結論のみでは具体的な実践を導き出すことは難しい。本書は、偏見解消のための様々な方策(実験)について紹介を行っており、そこから様々な具体的実践を導き出すことは可能であろう。偏見・差別の具体的な解消方法を検討したい方に、ぜひお勧めしたい文献である。