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2004.05.31
書 評
 
評者

高塚人志著

17歳が変わる!
-人との関わりを学ぶゲームと人間関係体験

小学館、A5判、207頁定価1600円+税

17歳が変わる!

 「17歳問題」という表現にも見られたように、一時期、「危ない世代」の代名詞のように囁かれた17歳。ずばり、その「17歳が変わる!」という。秘訣は、本書の副題どおり、「人との関わりを学ぶゲームと人間関係体験」=「レクリエーション授業(以下、『レク授業』)」の実践にある。

 本書の著者であり、この「レク授業」を全国で初めて実践した高塚さんは、鳥取県立赤碕高校の保健体育科の教員である。赤碕高校は、1学年3学級の普通科高校であるが、1995年度より、特色ある学校づくりの一環として「健康スポーツコース」をスタートさせた。「健康スポーツコース」では、スポーツ専攻の生徒20名と福祉専攻の生徒20名が同じクラス内で学ぶわけだが、共通専門教科として、2年と3年でそれぞれ2単位ずつ、本コースの基本理念を実践するこの「レク授業」を履修することとなっている。「レク授業」について、本書からその概要を記してみよう。

「レク授業」とは

 いじめ、不登校、校内暴力や学級崩壊などに象徴される教育現場をとりまくさまざまな問題の根底には、子どもたちが「よりよい人間関係の作り方を知らない」「人との良い関わり方を知らない」ということがあり、その原因のひとつに、「人との関わり方の経験が絶対的に不足している」という問題があると著者は指摘する。

 「レク授業」とは、このような状況におかれた子どもたちが自らの「人間性回復のため」に、「よりよい人間関係づくりや人との関わりを体系的・継続的な営みとして、体験的かつ実感を持って学習」することを狙いとしたものである。

「レク授業」は次の2つの柱から成り立っている。

  1. 「人間関係の基礎編」……コミュニケーションゲーム等を通じて、人とふれあうことの楽しさを体感させ、グループワークトレーニング(思いやり、聴き方、あいさつ、共感などの在り方を学ぶ気づきの体験学習)で、他人や集団とのより良い関わり方を学ぶ。
  2. 「人間関係の応用編」……保育所の園児や高齢者施設の利用者との一対一での長期的な関わりなどの中で、一つ目の「人間関係の基礎編」で学んだことを実際に実践してみるというもの。

 「基礎編」のコミュニケーションゲーム等には、参加型人権学習で取り入れられている各アクティビティーと共通するものも少なくない。振り返りの時間とその中での「気づき」を大切にする視点も共通している点であろう。

 また、「応用編」の保育所や高齢者施設の訪問・体験学習も、ただそれだけでは、職業体験学習が広範に取り組まれている昨今、それほど目を引く実践とは言えないかもしれない。

 しかし、赤碕高校の「レク授業」の特徴は、上記の柱にもとづき、さまざまな人間関係体験の学習を2年間の長期にわたる体系的・継続的な営みとして実践している点にある。次にあげるのは、2年間に及ぶ「レク授業」のカリキュラムの概要である。

2年1学期……コミュニケーションゲームで人間関係の基礎を学ぶ
2学期……高齢者と交流して人間関係の応用を学ぶ
3学期……仲間意識を高めるゲーム(グループ協同ゲーム、グループワークトレーニング)
3年1学期……保育所園児と交流して人間関係の応用を学ぶ
2学期……<1>高校生と園児のわくわくどきどき運動会
       <2>特別養護老人ホーム「百寿苑」利用者との交流
3学期……レク授業のまとめとしてのグループワークトレーニング

困難や挫折の体験を通じてこそ!

 これらの内容を「レク授業」では毎週2時間(年間2単位)体系的・継続的に学び続けるのである。とりわけ、保育所の園児や高齢者施設の利用者との交流では、それぞれにパートナーを決めて1対1の長期的な関わりを数ヶ月にわたって継続するという。当然そこでは思うとおりにいかないことも多く、失敗もある。お年寄りに幾度声をかけても返事がなく途方にくれる生徒や、時には泣き続ける園児を前に、腹を立ててそっぽを向いてしまった生徒もいたらしい。

 しかし、困難や挫折の体験が少ない現在の高校生たちにとって、「人との関わりの中で、自分の思い通りにならないこともたくさんあるんだ」と体感できたことは、人間成長のための貴重な学びの契機となったはずである。1日、2日の訪問や「体験」では決して見えてこない「本当の学び」がそこにあると言えまいか。

 何より大切にしたいのは、生徒たちが、園児や高齢者から感謝され、「こんなに自分のことを喜んでくれる人がいる」「こんなに自分の存在って価値があるんだ。生きていて良かった」と体感することで、自己に対する肯定的なイメージを広げていく点である。「自分を肯定する気持ちがあると、それが自信となり、他人の意見や行動力を素直に受け入れられる」ようになってくるというのである。

本物の体験を通じて「役立ち感」を

 「役立ち感」と著者が呼ぶこの自己肯定感や自尊感情を、多様な他者との関わりを通じて子どもたちの中にはぐくむ実践は、近年、人権・同和教育の分野においてもとりわけ重要視されてきたところである。

 しかし、現在、学校現場で「総合的な学習の時間」等を使って実践されている職業体験学習や福祉・ボランティア等の体験学習において、このねらいがどこまで真摯に追求されているであろうか。「あれもこれも」が投げ込まれた過密気味のカリキュラムの中で、ともすれば、子どもたちの中にどんな力を育てたいのかがかすんでしまっているのを危惧するのは筆者だけであろうか。

 本書で紹介されている赤碕高校の「レク授業」は、個々を断片的に見るならば、いまや各学校現場で「普通に」取り組まれているワークショップや体験学習との違いを見つけるのは難しいかもしれない。しかし、そのすごいところは、ねらいを生徒の「人間性回復」(それはとりもなおさず、自己肯定感、自尊感情の育成と不可分の関係にあると言ってよいだろう)という点に焦点化しつつ、2年間という長期的なカリキュラムの中で、一人ひとりの生徒の変革・成長に、確かな手応えを得てきたところにあるといえよう。

 一点、残念なことは、おそらく、この「レク授業」の実現を陰ながら支えているであろう多くの地域の人々や行政関係(教育委員会等)との「協働の姿」について、その経緯も含めて本書では十分に語られていない点である。

 本書の随所に「レク授業」の様子が写真で紹介されているが、保育園児や高齢者と一対一で接している高校生たちの真剣な姿とその笑顔が実にいい。少し前(2002年)に出版された本であるが、この機会に、人権・同和教育に取り組む学校現場の先生方にも、ぜひ、手に取ってご覧いただきたい一冊である。