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2004.08.13
書 評
 
評者李 嘉永

内部告発の力
-公益通報者保護法は何を守るのか

奥山 俊宏 著、現代人文社、2004年4月21日、
B6判、270頁 定価1900円(税別)

  2004年6月、第159回国会で、公益通報者保護法が可決・公布された。これまで個別の労働関連法や産業規制法等において規定されていた通報者保護について、これを一般法において規律し、「公益通報をしたことを理由とする解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、(中略)国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする」とある(同法第1条)。

  諸外国の制度や、これまでの判例法理に比較して、保護の範囲が狭隘に過ぎるとの批判は強いが、そもそもなぜにこのような法律が制定されるに至ったのか。本書は、いくつかの内部告発事例についてのきめ細かに描き出し、かつ法案策定に至るまでの論議を内部告発者保護制度の観点から解説するものである。

  第1部では、比較的最近の事例が検討される。内部告発に端を発する企業不祥事が、どのような推移をたどって社会問題化したのか。日米それぞれ3企業・団体の事例が述べられている。通報者と、企業・団体、行政、取引先、そして通報者の周囲の人々。それぞれが何を思い、どのように動いたか。

  とりわけ通報者自身が得たもの、失ったものが、実に印象深くかつスリリングに描かれている。ある通報者は、その勇気のために広く社会の賞賛に浴し、他の通報者は、その地位を追われ、脅迫を受け、家庭崩壊を被った。より適正な事業実施を指向した者が、不利益を被るのはおかしい、という原則が、これらの事例から炙り出されてくる。

  それでは、諸外国ではどのような保護が行われているのか、そしてそれに比較して日本の法律(執筆時では法案)はどのように評価しうるかが、第2部の大きな主題である。米国の内部告発者保護制度は、概ね3つの制度から成る。政府職員が通報した場合に機能する「内部告発者保護法」、個別労働関連法に根拠を有する労働省職業安全衛生局による保護、そして政府からの金銭の不正受給・詐取について、政府に成り代わって損害賠償を請求する「キイタム訴訟」である。

  また、イギリスにおいては、公益開示法が1998年に制定され、保護されるべき情報開示、情報開示先と保護要件が定められ、雇用主への通報については保護要件を緩和し、規制行政機関、そしてその他の外部について、段階的に厳格化することで、内部での問題解決を促しており、「さまざまな価値や利益のバランスをとった微妙な落しどころ」として、筆者は高く評価している。この流れをうけ、多くの企業が内部告発に関わる文書・制度を設置するに至っている。

  では、日本の場合、どうか。日本においても、米国と同様、労働基準法や個別の労働関連法や原子炉等規制法などにおいて、規制行政庁への申告を理由とする不利益取扱を禁ずる規定がある。その他、公益通報を守秘義務から除外するといった規定なども見られる。しかしながら、公益通報者一般の保護について言えば、政府与党はおしなべて慎重であったことが明らかにされる。だが、2002年に不祥事発覚が度重なるに及び、ついに政府は姿勢を転換した。

  内閣府が取りまとめた法案の内容については、英国に倣い、通報先によって保護要件に差を設け、自浄作用に期待するところが大きい制度設計となっているが、著者によれば、その保護のあり方は、英国のそれに比べ、「ほぼすべての面で、保護すべき内部告発を限定的にとらえる狭い法案」とし、また、行政機関への通報も、これまでの「教訓を反映しない、きわめて外部通報しづらい制度」と手厳しい。

  具体的な争点については本書に譲るが、いずれにしてもこの法律は成立した。施行を待っている段階であるが、実際の運用にあたっては、冒頭述べた同法の趣旨・目的に沿って、より公正な取引環境が醸成されるよう望みたい。