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2004.10.19
書 評
 
佐藤香

小杉礼子著

フリーターという生き方

(勁草書房、2003年3月刊、四六判・192頁、2,000円+税)

 今や、フリーターはすっかり一般的な存在となった。「デフレと生活─若年フリーターの現在(いま)」を副題とする2003年版の『国民生活白書』では、2001年のフリーター数を417万人と推計している。こうしてフリーターが増加したにもかかわらず、いや、むしろそのためかもしれないが、フリーターがどのような人々で、どのようなライフスタイルをもっているのかは、実は、あまりわかっていない。

 本書の「はじめに」で著者が述べているように、「フリーターという言葉から思う若者像は、人によりずいぶん違う」「友人や親戚やその子どもや、どこかにフリーターの知り合いがいる人は実に多い」「それだけ、話題になるけれど話がすれ違う」(1頁)。こうしたすれ違いが生じるのは、「フリーター」と呼ばれる人々がきわめて多様だからである。そのため、フリーターであることの問題も見えにくくなっている。本書は、こうした状況を背景として、フリーターをめぐる問題を幅広い読者と共有するため、その実態を明らかにすることを目的としている。この意図から、専門的な学術研究書のスタイルをとってはいないが、論証にあたっては実証的なデータ分析にもとづいて、きめ細かな考察がなされている。

 それでは、本書で明らかにされたフリーターの実態を、構成に沿って、みていこう。

 第1章では、まず、本書ではフリーターを「15-34歳で学生でも主婦でもない人のうち、パートタイマーやアルバイトという名称で雇用されているか、無業でそうした形態で就業したいもの」と定義していることが述べられる。これらの人々について年齢・学歴・地域などの特徴をみると、<1>フリーターの半数近くを20代前半が占める、<2>学歴が低いほどフリーターでいる期間が長い、<3>地方部よりも大都市圏でフリーターが多い、<4>フリーターになった理由を分類すると、「モラトリアム型」「夢追い型」「やむを得ず型」の三つがある、などが浮かびあがってくる。

 第2章では「やむを得ず型」を中心とする、就職できなかったためのフリーターに焦点があてられる。就職難といわれる状態は、一般に、不況によって求人数が減少し、企業の採用が厳しくなるために発生する。こうした一般的な理由から、就職できないフリーターが増加したのであれば、景気が回復すればフリーターも減少すると考えられる。けれども著者は、景気が回復しても以前のように求人が戻ってくる可能性は低いと指摘する。現在、企業はパート・アルバイトなどの非正規雇用を拡大して、正社員を減らし続けている。こうした傾向が続くならば、景気が回復しても新規学卒者への求人が増加する可能性は低い。かつて新規学卒者は、就業経験がないために、より適応度の高い価値ある人材だった。けれども、企業が人材を教育する余力を失った現在、新規学卒者は即戦力にならないという不利な条件をもつ人材になってしまったのである。

 第3章では「モラトリアム型」「夢追い型」にみられる就職を回避する心性について、高校生を中心とした分析がおこなわれる。なぜ正社員として就職せずにフリーターになるのか。最も多い回答は、「他にやりたいことがあるから」である。だが、人が何かを選択する理由は単純なものではなく、複合的なはずである。その点を考慮して、著者は多変量解析をおこない、「自由・気楽」「進学費用」「就職難」「勉強嫌い」「やりたいこと志向」の5つの要素を発見している。ここで「自由・気楽」な働きかたとしてフリーターを選択する高校生に着目すると、「フリーターを肯定的に捉えると同時に、正社員をあるいは働くことそのものを忌避する傾向につながっている」(46頁)ことが明らかになる。また、フリーター予定者は、他の生徒より欠席が多く自己評価が低いという特徴をもつ。

 第4章では大卒フリーターに焦点があてられる。1995年の大学卒業者でみると、無業者や非正社員が多いのは、女性、学部系統が「芸術系」「教育系」「人文科学系」、大学所在地が北海道・東北地方、私立で入学難易度が相対的に低い大学、などの条件をもっている人々で、就職で不利な場合にフリーターになりやすいことがわかる。こうした不利な条件をもちながらも正社員になっているのは、大学組織の情報収集や相談機会を十分に利用し、民間企業に絞って積極的に就職活動をした卒業生である。大卒者の就職では、個人による自由応募が中心になっているため、本人の意欲が、より重要になってくる。

 第5章は、ヒアリング調査のデータから、職業キャリアにおけるフリーター期間の位置づけを考察している。フリーターの多くは将来を意識し、手探りながら方向をとらえようとしているが、はっきりした方向を見出している者は少ない。また、多くのフリーターが「いろいろなことを経験して自分にあった仕事を見つけたい」と語るが、実際にはフリーターの就業する職種は限定的で、特定の職業能力を身につけるまでには至らない。ただし、より基礎的なソーシャルスキルを獲得する機会にはなっている。また、フリーター期間中に獲得した職業情報は、安定したキャリアには結びつきにくいのが現状である。

 第6章は、大卒者に関する国際比較である。「フリーター」という言葉が日本で作られた造語であることからも、当然であるが、欧米にはフリーターという言葉はない。問題とされているのは失業であるが、学校から職業への移行に関して社会的な問題が生じている点では共通する。日本でも欧州諸国でも移行形態は男女で大きく異なり、どの国でも男性よりも女性でフルタイム雇用者が少ないが、日本の男女差が最も大きい。また、日本と比較すると、欧州の大卒者のほうが、多くの企業を経験しながら「雇用期限に定めのないフルタイム雇用」を獲得している。

 こうした日欧の違いは、欧州では大学教育と結びついた専門職に移行する過程で無業やパートタイム・有期限雇用を経験するのに対して、日本では大学教育との関連性の小さい職種に就き、正社員として就職して初めてキャリア形成が始まるために生じている。そのため、日本では大学卒業時に無業やパートタイムに就くことが、その後のキャリア形成においても深刻な不利をもたらすことになっている。

 第7章は、中長期にわたる学校から職業への移行のあり方を、東京都内の若者を対象とした調査データから明らかにしている。90年代に入ってから中学を卒業した世代以降で新規学卒就職が減少し、離学(卒業または中退)時点でのフリーターが増加している。その後の就業状態をみると、男性では次第に正社員に移行し、その割合は離学後6、7年たつと8割にのぼる。このことは、こうした学卒就職の枠外での移行に問題がないことを意味するわけではない。

 著者によれば、この問題は、<1>正社員になる前のアルバイト・パートの仕事が低技能度の労働である可能性が高く、この時期の職業能力開発が十分に行われていないと考えられる、<2>フリーター期間をキャリア探索期と考えるフリーターが多いが、実際にはキャリア探索に有効な経験は少なく、フリーター離脱者の大半が正社員との格差や年齢を離脱理由としている、<3>フリーター経験者で正社員になった者と、学卒後すぐに正社員になった者とを比較すると、前者の就業機会のほうが低条件である、<4>フリーターになる背景に、学歴が低く家計の厳しい家庭条件が考えられる、フリーターからの離脱には性別の壁があるなど、社会的な不平等の問題が潜んでいる、の4点に整理される。

 この知見を受けて、著者は、学校から職業への移行の問題は、「有能な職業人をどう確保するかという点で重要なだけでなく、今後の社会を担う次の世代をどう育てるかという意味でも重要である」「現在、新規学卒就職によらず職業社会に入っていく若者は、すでに同世代の3分の1を占めるに至っている。こうした枠外で移行する若者たちが職業的なキャリア形成がしやすい仕組みを今改めて構築していかなければならない」(148頁)と語る。

 補論は、以上の知見を蓄積してきた著者が、就職活動を始める大学生やフリーター、学校の進路指導担当者、青少年指導者、新聞読者などに向けたメッセージである。

 本書の貢献は、大きく分けて二つある。その一つは、フリーター問題に内在する社会的不平等を明らかにした点である。とくに、ジェンダーの要因を明確に指摘した点は大きい。もう一つは、職業への移行の問題を社会の継続の問題としてとらえ、実証的な分析にもとづいて、今後、どのような仕組みが必要であるかを提案している点にある。ここでは、紙幅の関係から、前者に限定して、やや詳しく紹介しておくことにしよう。

 女性はフリーターになりやすく、フリーターから離脱しにくい。たとえば、高校生では「就職を断念したとき、女子ではフリーターに変更した者が5割なのに対して、男子では3割にとどまる。女子の場合、就職を断念すると半数はフリーターにならざるを得ない」(49頁)。大卒者でも「『パートタイムまたは有期限雇用』に就くのは女性が特に多いこと、さらに、女性の場合、『パートタイムまたは有期限雇用』の労働条件はフルタイムとの格差が著しい」(123頁)。

 フリーター経験者の「約6割の人が正社員になろうとし、さらにそのうち6割が正社員としての職を得ている。しかし、性別に見ると、女性では正社員になろうとした人も5割と少ないし、さらにそのうち正社員になれた人は半数にも達していない」(143頁)。この背景に、著者は母親世代の影響をみる。「中年期になれば性別に就業形態が大きく異なる現状ゆえに、若い女性たちはフリーターを選択することに抵抗感が少ない。自由で気楽な働きかたを選び、職業人として社会を構成する大人になることを忌避することにも正当性を見出してしまう」(47頁)。つまり、「非正規雇用は低賃金と女性労働に強く結びついている」(123頁)のであり、フリーターの存在はこの社会全体の構造と深くかかわっている。

 一点だけ、気になった点を述べておきたい。本書は専門書ではないため、やむをえない面はあるが、概念や分析方法について参照や出典に関する情報が不十分である部分が散見される。もちろん、いちいち注記するのは、一般の読者にとっては煩雑で読みにくくなるだけであろう。その点を考慮したとしても、文献リストはもう少し網羅的であってもよかったのではないだろうか。これは研究者としての苦言であり、読者にとっての本書の価値にはまったく影響しないことをお断りしておく。

 一読者としては、読みやすく、わかりやすく整理された本書を手にしたことを幸運に思っている。フリーターになろうと考えていたり、自分もフリーターになるかもしれないと思っていたりする若い人たちはもちろん、担任や進路指導を担当している高校の先生方、大学の就職課職員の方など、幅広い方々に、是非、本書を一読することをお薦めしたい。