研究所の教育コミュニティ研究会では、「学校発・人権のまちづくり」の調査研究の一環として、今年度、数度にわたって福岡県田川市立金川小学校にうかがい、教職員や地域の方から聞き取り調査をおこなってきた。
戦後のエネルギー革命と旧産炭地、筑豊の変遷。そのなかで同和教育・人権教育がどのように実践されてきたのか、そして現在の「協働による学校づくり」にいたる経緯を語っていただいた。そのとき幾度となく登場したのが、この本の著書、工藤さんの名前であり、ボランティア団体Gokurenkaiである。
工藤さんは現在27歳。田川市を席捲した暴走族「極連会」の最年少メンバーに中学2年生でなり、その後3代目総長に就任。バイク窃盗による毎夜の暴走、ケンカ、シンナー、挙句の果てに覚せい剤にまで手を染めてしまう。強烈な幻覚に襲われる中で見た「地獄絵図」、そして逮捕。
獄中で初めて自己を見つめ直す機会を得るが、自分が重ねてきた罪の重さに恐怖と絶望が押し寄せてくる。「地獄の釜の底をはいずりまわる」ような毎日。そんなとき、留置場に差し込む一条の光に思わず手を合わせつぶやいたという。「もう一度だけチャンスをください」と。
執行猶予判決で社会復帰したものの、帰った地域に待っていたのは、かつて自分が「悪の道」に引き込んだ仲間たちの荒みきった姿だった。そこで彼が考えたのは、自分だけではなくかつての仲間と一緒に更正する道。そのためにはまず自分が立ち直らねば。働きながら座禅や滝に打たれる「修行」を続け、2年の歳月をかけ彼は考えに考え抜いた。
「働きながら、毎日毎日、どうやって仲間を元の道にもどせるかを考えた。どうしたら自分がみんなに認められるかを考えた。どうしたら、まわりの人たちからやじを飛ばされることなく、みんなそろってシガラミから抜け出せるかを考えた。仕事をしているときも飯を食べているときも、一秒も休んだことがないくらい、考え続けた。頭がはげるのではないか、と思ったくらい考えた。このまま死ぬんじゃないか、と思ったくらい考えた。でもどうしたらいいかがわからない。わからないけれど、とにかく一日一日の仕事をがんばり、そして考えた」
2002年4月。心機一転、仲間に呼びかけ暴走族を完全に解散し、新たにボランティア団体Gokurenkaiを結成。地域の祭りでは、駐車場係にごみ拾いを買ってでる。かつて自分たちがスプレーで荒らした地下道(そこは小学生たちの通学路でもある)の落書きを消し、数ヶ月かけて可愛いキャラクターの絵で飾った。保育所や障害者施設のイベントの手伝いもした。
地域の人たちの暖かい見守りに支えられながら、このボランティア活動を通じて、自分はもちろん、仲間たちが確実に変わっていくのが実感できたという。そして翌年、NHK「青春メッセージ」全国大会で自らの体験を語り、大賞を受賞。現在も、仕事のかたわら、請われるままに各地の小中学校に出向いて体験を語ったりしている。
工藤さんの半端じゃない「荒れ」かたの背景にはうらぶれた産炭地、筑豊の斜陽が影を落としている。小学校時代、離婚し生きるために働きに出た母を待ち、まだ幼い弟とたった2人で長い夜を過ごさねばならなかった厳しい生い立ち。学校はそんな彼とどのように向き合ってきたのだろう。本書では、彼の語りを通じて幾人かの教員の姿が描かれている。
会うたびに「あんたのことが一番気にかかる」と涙を浮かべて語りかける保育所の先生。中学時代、いつも同じ目線に立ち、親身に話を聞いてくれた同和教育担当の先生。進路を控えた中3のとき、「悪そ(悪ガキ)」を集めて夜、家庭訪問し、手製のプリントで勉強を一生懸命教えてくれたN先生…。
そんな学校時代の思い出が、工藤さんをもう一度学校へとつなげていくことになる。暴走族を解散しボランティア団体を立ち上げたものの、そもそもボランティアとは何かがよくわからない。果たして何からはじめたものか、市役所に相談に出かけた工藤さんだが、いろんな課をたらい回しにされる。困り果てた彼に教えられたのは「地元に帰り!」というアドバイス。「地元の活性化協議会(田川市の教育コミュニティ組織のこと)みたいなんが小学校にあると思うき、そこに行ってみなさい」と。
早速、出身校である金川小学校に訪れたものの、担当の教師はあいにくの留守。そのとき、彼が思い出したのは中学校時代にお世話になった同和教育担当の先生のこと。「同和教育担当の先生には、自分の意思で熱心に行動している先生が多いのではないか」と。
「同和教育担当の先生、おりますか」と尋ねた彼は、山下先生(当時、金川小の同推教員)と運命的な出会いをする。これをきっかけにGokurenkaiの活動は学校と地域からの強力な支援を得ることができたのである。山下先生は、自らGokurenkaiの一員となり、彼らの活動のよき相談役件マネージャーとして、他校に転勤された現在も活動を続けられているという。
自分ひとりで「族」から抜けて「更正」する道を歩むのではなく、つながってきた「仲間」みんなと一緒に立ち直ろうとする工藤さんの姿、そして、快く彼らを支援する学校と地域の協働の姿に「同和教育らしさ」を感じるのはわたしだけではないだろう。全国各地の教育コミュニティ創造の実践は、このような「物語」をたくさん紡ぎ出していくであろうと確信する。
本書の表紙に写る若者たちのおだやかな表情が実に印象的である。ぜひ手にとってごらんいただきたい。