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2004.12.13
書 評
 
妻木 進吾

玄田有史・曲沼美恵 共著

ニート
-フリーターでもなく失業者でもなく

幻冬舎、271頁、定価1575円(税込)、2004年7月

「ニート」という言葉は、"Not in Employment, Education, or Training"の頭文字である。教育、雇用、職業訓練のいずれもしない、この「ニート」と呼ばれる若者の存在は、1999年にイギリスの内閣府が作成した調査報告書"Bridging the Gap"により広く知られるようになった。

日本において「ニート」という言葉が(しばしば若者を道徳的に非難する際の語彙として)使われるようになったのは、2004年に入ってからである。問題化されて間もないこの語をタイトルに冠する書籍は、今のところ経済学者とルポライターの手による本書のみのようで、この問題に関心を持つ者が手にする1冊であろう。評者も刊行直後に早速入手して読んだのだが。

1章「『ニート』という若者」ではまず、官庁統計からその数が近年急増し、2003年には40万人に達したことが示される。その後、インターネットを使った調査から「日本版『ニート』の実像」が次のように示されている。「ニートとなっている若者にみられる共通した特徴を挙げれば、それは『孤立した人間関係』『自分に対する自信の欠如』『中学・高校時代からの状況の継続』だ。そんな特徴を持つ人たちが、ニートの状態を続けるなか、離脱すること自体が困難になり、『なんとなく』ニートを続けている」(52頁)。

パソコンが家にあるかどうかと社会階層との関係はこれまで繰り返し確認されてきたように思うのが、このようなインターネットを使った調査で描かれる「実像」は果たして実像と言えるのだろうか。イギリスでは「ニート」になりやすいのは、低い社会階層を出自とする者であることが、また日本でも最終学歴が中学卒や高校中退である者はニートになりやすいことが本書でも指摘されている。「インターネットを使った調査に回答を寄せる」というフィルタによって、このような層の存在が「実像」に反映されていない可能性は多いにありそうである。

以下そのような可能性に言及することなしに、この「共通した特徴」を軸に話は進んでいく。2章「ニートに会う」、4章「ニートからの卒業」では、「特徴」にぴったりの若者の事例がいくつか紹介される。「特徴」にぴったりなのは、それが「ニート」に「共通した特徴」だからなのだろうか。調査対象者の偏りという可能性は、ここでも考慮されることはない。

3章、4章では、中学2年生を対象に兵庫県や富山県で行われている5日間の職場体験が紹介されている。「自分の存在意義に不安を感じなくてすむような体験。他人と交わり働く自分に対するささやかな自信を実感できるような体験。そんな自信を持つためのリアルな方法を、義務教育を終えるまでの段階で、生きる知恵として身につけること。それこそが、今考えられる、ほとんど唯一のニート予防策だ」(105-106頁)、という理由からである。こうして「共通した特徴」を踏まえた予防策が示される。

最後の6章「誰もがニートになるかもしれない」では、議論のまとめがなされ、「ニート」と呼ばれる若者に向けたメッセージで締めくくられている。それはともかく、章タイトル「誰もがニートになるかもしれない」である。

これは本書の1章に示されているのだが(27-28頁)、イギリスにおいては、非白人がニートになりやすく、また、経済的に貧困家庭、親が失業している家庭、母子家庭から多くのニートが出ていることがはっきりと確認されている。また、歴史的に失業率が高い地域ほどニートは生まれやすく、学業成績、不登校など学校時代の状況もニートへのなりやすさと強く関連することも確認されている。このようなイギリスで見られる傾向は、これまでなされてきたフリーターや若年無業者に関する研究からすれば、おおよそ日本においても当てはまると考えられる。「誰もがニートになるかもしれない」としても、その確率はそれぞれの社会階層的背景によって全く異なっているだろう。であるなら、困難な社会階層的背景を背負った「ニート」に欠けている、あるいは奪われているのは、本書が指摘する「働く自分に対する自信」だけではないはずである。そのような層に必要な予防策・対応策は様々ありそうなのだが、社会階層的背景への視点が極めて弱い本書において、それらについて検討されることはない。

「ニートと呼ばれている若者が生きている状況は一人ひとり違います。(中略)見かけだけのタイプ別の類型化や安易な原因の追求は、気をつけないと、ここの違いを無視する危険性すらあるように思えます」(269頁)。正論であるようにも思えるが、このような志向が、本書で語られている「ニート」が日本の「ニート」全体の中でどのような位置を占めるのか、という議論を始める前に確認すべき点の省略をもたらしたのではないか。それを省略したまま、「自分に対する自信の欠如」といったものを「ニートに共通する特徴」として示し、対策を論じることに、評者は著者らが危惧したものとは別の「危険性」を感じる。

最後になったが本書は、ニートを道徳的に非難するような類いの内容では全くない。朝日新聞の書評によれば「理想の押しつけや無理強いをしない優しさの滲む一冊」でもある。「ニート」の全体ではなく、その中で「働く自分に対する自信」を欠いている若者に焦点づけて論じたものとして読めば、興味深い論点はいくつも含まれている。