企業の社会的責任(以下CSR)に関する議論は、日本においても一昨年以降一定の深まりを見せており、現在は、この概念の紹介という段階を脱し、その実践に焦点が移ったという状況である。
この動きに呼応して、金融の分野においても、投資判断の際に社会性を考慮する取り組みが広がっている。これが、本書において詳細に論じられる「社会的責任投資」(以下SRI)である。
本書は九章から構成されているが、編者によれば、三つのパートから編成されている。<1>SRIを考えるにあたって前提となる視点や枠組みの提示、<2>各国での動向や評価システムなど実際の取り組み内容の検討、<3>このSRIの展開を受けて、企業その他が取り組むべき課題である。ここでは、パート毎に内容を紹介し、最後に評者の私見を若干述べたい。
SRI・CSRとは何か
第1章では、まずSRIが成長してきた事情が紹介される。このSRIは、当初から社会変革的なツールとして出発したと、著者は指摘する。つまり、教会資産運用上、教義に反する産業を投資対象から除外するという実践が存在し、その後一九七〇年代になると、環境汚染や人権侵害、ベトナム戦争などに加担する企業を株主の立場から批判する取り組みへと発展した。そして九〇年代、地球環境問題や途上国での劣悪な労働環境が、社会的な批判を招き、企業の評判の低下など、企業価値に直接影響を及ぼした。逆に、社会的批判を受けて、積極的に課題に取り組む企業も増加している。かかる社会状況を反映して、多くの投資家、特に機関投資家が、社会的課題や環境問題を投資判断の基準とするようになったという。これを「SRIのメインストリーム化」と呼んでいる。
このように成長したSRIは、おおむね三つに区分できると定義されている。前述のように、投資判断の基準に財務指標のみならず社会や環境への配慮を加味する「ソーシャル・スクリーン」、株主の立場から経営や方針、システムに影響を与えようとする「株主行動」、荒廃地域の開発支援や貧困層の自立支援など、社会的課題克服に取り組む事業に資金を提供する「ソーシャル・インベストメント」である。ただ、本書では前二者を対象として記述が進められる。
ではそもそもSRIが求める「良い企業」とは何かについて、第2章は簡略に考察している。著者は端的に、「トリプル・ボトムラインをクリアする企業」だという。このような評価の前提にある価値基準としてCSRを位置づける。これを著者は「経営活動のプロセスに社会的公正性や環境への配慮などを組み、アカウンタビリティを果たしていくこと」と定義する。商品やサービスの取引を通じた財の増大のみが「良いこと(goods)」と考えられた時代は過ぎ、グローバル化やNGOの成長、さらに環境問題や貧困、社会的不平等の解決を目指す「持続可能な発展」概念の進展によって、企業の役割への期待に変化が生じたとし、企業と社会との関わりを「企業の経営資源を活用したコミュニティへの支援」、「社会的商品・サービスや、社会的事業の開発」、「経営のプロセスに社会的公正性・倫理性、環境への配慮といったことを組み入れること」と整理している。その上で、社会貢献や企業倫理、「啓発された自己利益」といった隣接概念との差異を指摘し、CSRを適切に企業経営に位置づけるためのポイントを提示している。この冒頭二章は、SRIとCSRの要点について、一般市民にも容易に理解しうる内容だ。
SRIの現状
これに対して、投資実務家の関心にも応えうる重厚な記述が続く。第3章では、近年のSRIの主な傾向が、米国・欧州・アジアに区分して紹介されている。SRI資産残高が飛びぬけて高い米国では、機関投資家のみならず、個人投資家も多様な価値観によってSRIに参画しており、SRIを支える社会的基盤が豊富であるとも指摘している。欧州の状況は、英国の成長が目覚ましいが、その他の国でも順調に広がっている。欧州の特徴としては、SRIがメインストリーム化するにしたがって、理念性が薄れ、長期的運用のためのツールとする理解が強まっているとのことだ。さらに、EUをはじめ、政府機関がCSR・SRI促進のために各種の施策を実施していることも重要である。アジアにおいても、投資信託をはじめとしてSRI市場が拡大している点も注目される。
第4章では、SRIが具体的にどのような手法で企業評価を行っているか、その枠組みが概説されている。まず投資家の意向をくみ上げるために、SRIを行う動機が分析されている。個人投資家は、社会・環境問題に自らも貢献したいという問題関心があり、機関投資家の場合は、人権問題や環境問題をリスク要因と捉え、かかるリスクを低減させたいというのが主たる動機だとしている。実際の運用では、通常の財務・株価評価に社会・環境スクリーニングを組み合わせるという二段階の評価が行われている。スクリーンの方法には、ネガティブ・スクリーニング(社会的に有害な事業を行う企業を排除する手法)と、ポジティブ・スクリーニング(優れた取り組みを行う企業を選ぶ手法)があるが、実際には双方を併用する機関が多いとしている。但し、この運用には、いくつか限界もあるとし、なかでも、選定された企業に社会的・環境的リスクがないというわけではないとした点は重要であろう。
上記手法を用いて、実際にSRIの評価や運用を行っている代表的な取り組みが、続く第5章で紹介されている。評価機関として四団体が取り上げられている。EIRISの特徴は、社会・環境の各分野で方針・体制の構築、その程度を問うが、実際のパフォーマンスには踏み込んでいない点である。また、排除すべき事業についても調査しているが、あくまで顧客の参考のためにである。エティベルでは、方針・体制にとどまらず、実行のための戦略や組織的管理に踏み込んで企業を調査している。また、調査・評価の各段階で多様な利害関係者と対話を実施しているのも大きな特徴だ。イノベスト社は、環境パフォーマンスの格付を中心として、企業の無形資産評価を実施しているが、社会性の面では国・地域によって異なる文化をいかにして評価基準に反映しうるかが課題だとする。日本のパブリック・リソース・センターでは、ネガティブ・スクリーニングは行わず、社会性向上の努力を重視し、新たな価値の創造につながる取り組みと社会とのコミュニケーションに重きをおいている。
次に投資信託の事例が二社紹介されている。モーリー・ファンド・マネジメントは、財務評価を経た上で社会性評価を行っているが、その調査アナリストに人権や環境のスペシャリストを抱えている点は興味深い。朝日ライフ・アセット・マネジメントの「あすのはね」は、社会貢献度等を基準とするスクリーニングのみならず、対話の場の設定や信託報酬の一部をNGOに寄付するなど、SRIの三つの特徴に近い取り組みを組み合わせていて、興味深い。
評価手法についてさらに掘り下げるのが、続く第6章である。SRI、特にソーシャル・スクリーンは、環境保全や社会性の取り組みを数値化し、投資対象を絞り込むのであるから、この章はいわば核心に迫るものである。まず、社会的側面での企業行動が、今日企業のバランスシートに重大な影響を与えるようになったと端的に指摘する。そうなれば当然、株価にも影響するので、通常の株主にとっても重要な検討事項になるはずである。ここに、SRIがメインストリーム化する道筋が開かれているといえる。ただ、これら一般投資家は、経済的影響が小さければ、非財務情報を勘案しない点で、以前のSRI投資家とは社会性の比重の置き方が異なる。しかしいずれにせよ、一般の投資家が関心を示す限りは、企業価値に社会性を換算する手法を開発する必要があろう。その点で、本章の紹介する企業ブランド調査や好感度調査等で培われた手法は、有益な前例となろう。
第7章は、SRIが企業に対して及ぼす影響を検討している。SRI、とりわけ調査機関とのコミュニケーションが実際に企業の行動を変化させた事例がいくつか紹介されている。環境対策の深まりは、エコファンドの広がりに呼応するものであったし、毎年進化を遂げる企業報告書(環境報告書や環境社会報告書など)は、調査機関による情報開示要求に応えるものであった。また、株主行動に至らないまでも、調査機関との応答のプロセスが、環境汚染事故後の対応に積極的な影響を与えた事例は興味深い。さらに、欧州の事例として、株主行動が活発化している状況が示されている。ただし、総会での議決権行使には、限界があるとし、対話の促進が主流になると予測する。
企業その他の今後の課題
冒頭のCSRの定義において、「アカウンタビリティを果たす」ことが挙げられていた。その具体的な取り組みを紹介するのが第8章である。つまり、市民社会における変化や市場・政府の失敗を契機として、協働による持続可能な社会を構築することが目指され、そのために政府・産業界・市民の間で情報の共有が必要とされる。そこで企業は、市民に積極的に情報を公開し、対話を図ることが求められるのである。具体的な手法としては、企業報告書などのツールがあるが、CSRの規格化など、外部機関におけるガイドライン作成も、コミュニケーションを促す側面がある。一部の企業では、ステークホルダーと直接対話の場を設ける取り組みも始まっている。
以上の各章を総括し、今後の課題を結論的にまとめているのが、第9章である。まず、SRIが定着していくために、機関投資家はその資金運用の基準に社会性を組み込み、また積極的に投資先企業と意見を交換することが重要だとする。また、適切に企業評価を行うために、企業を取り巻くステークホルダーと対話を図ることも、重要な戦略だと説く。政府の課題についても、CSRが適切に機能するために、「公正な競争の場」をつくり、適切な規制(情報開示の枠組みなど)を実施するよう提言している。そして、企業については、CSRを企業と社会との関係を問い直す機会とし、またSRIを「投資家や市場社会にアピールしていく手段」と捉え、新しい企業価値を生むチャンスにすることが可能になるとする。そのために、CSRを企業の経営戦略に位置づけ、社内横断的なCSR推進組織を構築し、アカウンタビリティを重視したCSRの報告を行うよう求めている。
最後に、評者が感じた点を記しておきたい。SRIのメインストリーム化の議論の前提として、社会的課題が広く社会の認知を得て、市場にも影響を及ぼしてはじめて、社会性が企業価値に直結し、株主は注意を喚起される。この社会的課題とSRIとの関連性は本書の指摘する通りであるが、他方で社会に隠された課題は、依然として埋没したままとなってしまう。そうであるとすれば、社会的課題に取り組むNGOやNPOが、その現実を積極的に紹介し、働きかけることもCSRやSRIを支える一つの重要な基盤になるのではないだろうか。CSRやSRIに関わる市民社会の課題を考え直すことも、重要であるかもしれない。
しかしこの点は、本書がSRIの体系的理解に果たした巨大な役割を減じるものではない。かえって、このような課題に答えを見出す豊富なヒントが、本書には隠されているのである。是非ご一読いただきたい。