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2005.10.27
書 評
 
杉本 貴代栄

青木紀編著

現代日本の「見えない」貧困
─生活保護受給母子世帯の現実

明石書店、2003年8月、四六判・264頁、2800円+税

一 調査の結果について

 本書は、「貧困の世代的再生産」の構造を明らかにし、「見えない」貧困や不平等を見えるようにするという意図のもとに、生活保護受給の母子世帯について多方面から検討した論文集である。多方面の分野とは、母親の状況、子どもの生活、若者の生活や性行動、家計について、ソーシャルワーカーや関係者の意識等に及び、それぞれ各章を設けて各執筆者が、独自で行った調査も駆使しながら記述している。しかし、それらの各論文の基本となり、各執筆者共通の視点を提供しているのは、編者である青木紀が代表となって行った「B市における生活保護受給母子世帯への調査」である。序章・第1章・終章はその報告と分析にあてられていて、本書の基本的な視点を明らかにしている。ゆえに紙幅の関係からここでは、その調査の結果と分析を中心に見ていくことにする。

 本調査は、B市(札幌市近郊の人口一五万人を超える中核工業都市)において、二〇〇一年八月から一〇月にかけて本書の執筆者全員とその院生・学生によって行われたものである。調査対象となった母子世帯二八世帯の内訳は、生活保護受給世帯が一九世帯(非就業が一三世帯、パート就業が六世帯)、非生活保護受給世帯が九世帯(フルタイム就業が六世帯)である。

 貧困の世代的再生産にかかわるであろう項目について聞き取りをし、その結果を三類型の母子世帯に分けて整理した分析は大変興味深いものである。調査対象の母子世帯を、生活保護を受けているかどうか、就業しているかどうかによってA層(生活保護受給・非就業)、B層(生活保護受給・パート就業)、C層(非生活保護受給・フルタイムまたはパート就業)と分類すると、A層が突出してさまざまな問題を抱えていることが明らかとなる。貧困の世代的再生産にかかわる項目について、明らかにC層よりもB層、B層よりもA層の方に該当する項目が集中する。

 具体的項目を列挙すると、<1>C層には、少なくとも「健康問題」は見られないが、A層の本人(母子世帯の母)のほとんどは健康上の問題を抱えている。<2>学歴はA、B層を中心に低く、かなりの中卒者・高校中退者を含み、本人だけでなく元夫にも共通する特徴である。<3>早期結婚(女性一九歳以下、男性二一歳以下での結婚)は全体で八例あるが、うち六例はA層である。また、「結婚に反対あるいは困難があった」「結婚式を挙げていない」もA層に集中した。このことは、新たな家族形成の出発点から「不利」を背負ったことを象徴していると著者は言う。<4>本人の実家の経済状況については、A層とB層に困難を伴う状況が集中した。実家の職業が「不安定就労」であったものは全体で一九例あるが、うち一二例はA層である。なおA層は全体で一三例であるが、その内訳を見ると一〇例は「経済的困難があった」世帯で、うち三例は生活保護を受給した経験を持つ。さらに「親が離婚」は四例(B層も四例)、「兄弟姉妹が多い(五人以上)」が四例、「その他家族問題(暴力がある、病気がち等)があった」は七例であった。元夫の実家の状況についても、間接的な聞き取りであるし不明も含まれるが、家族が不安定・脆弱であるという似たような状況であった。<5>A層では、本人が問題を抱えているばかりでなく、子どもにも問題がある場合が多い。健康状況に問題がある子どもが一〇例あり、うち障害をもつ子どもが四例含まれる(B層では障害をもつ子が一例)。不登校や非行の経験がある子どもが五例あった。

 これらの調査結果から明らかになったことは、生活保護受給母子世帯の多くは本人が困難を抱えているだけでなく、親の世代も―妻側の親みならず夫側の親も―また、そのほとんどが不安定就労あるいは低所得階層に位置していたことである。さらにまた、本人の子どもの世代にも困難な状況が継承されつつあることも明らかにされた。

 評者も社会的困難を抱える母子世帯を対象とした調査に長年かかわってきた。私たちの調査結果からも、生活保護受給母子世帯には「共通する困難」があること、それらは例えば中学卒業とか、若年の結婚等であるといった世代的再生産と係わることがらであった。また、私たちは父子世帯を対象に同様な調査も行ったが、父子世帯も困難を抱えてはいるものの、母子世帯と比べると抱える「共通の困難」は少ないことが明らかとなった。つまり、生活保護受給母子世帯が抱える「共通の困難」とはジェンダーから派生する困難であり、母から子どもへと継承されることが多いことが明らかになったのである。それであるならば、それを断ち切るための援助のシステム―「家族依存」でなく、公的な社会福祉の援助のシステム―が必要であるという私たちの結論は、本書の調査から得られた結論と同様なものであった。

二 調査の方法について

 以上のように調査結果は興味深いものであるが、調査の方法についてはいくつか気になる点がある。ひとつは、調査対象者をどのように限定したのかということが不明なことである。実際の対象者には、生活保護受給母子世帯と、フルタイム就業の母子世帯が混在している。前後の文章からすると、地元社会福祉協議会・民生委員児童委員協議会を通して調査に応じてくれる生活保護受給母子世帯(あるいは元受給世帯(?))を探してもらい(三七世帯が調査を承諾しながら、結果として二三世帯で調査が行われた)、一方、別ルートでフルタイム就業の母子世帯(非生活保護受給世帯)五世帯を調査したという。ゆえに調査の設計としてははなはだ不明確であり、これら二八世帯(特にフルタイム就業の五世帯)が母子世帯の貧困問題を代表するかどうかは疑問である。しかし言うまでもなく、母子世帯であるかどうかに関わりなく、生活保護受給世帯を対象に聞き取り調査をすることは大変難しいことである。札幌近郊という調査地域の特性もあり、調査対象者を捜す別な方法を取ることが難しかったという事情もあるだろう。最善の方法ではなくても、より妥当な方法をとったということなのだろうか。

 もうひとつの点は、母子世帯の抱える社会的困難を明らかにするために―特に世代的貧困の再生産を明らかにするために―調査を行うのならば、その調査対象者の条件を生活保護受給母子世帯に限定しなくてもよかったのではないか、という点である。むしろ児童扶養手当受給者を条件として調査対象者を探したほうが、母子世帯の困難な実態が明らかになったのではないだろうか。

 本調査が明らかにしたように、本調査対象の母子世帯の大部分は、母子世帯の「自立」基準といわれる年収四〇〇万円以下をかなり下回る生活である。生活保護を受給していようといまいとにかかわらず、二〇〇万〜三〇〇万円代が中心である。さらに母子世帯が生活保護を受給することはそれほど簡単ではないという現実を考慮すると、母子世帯の生活を支える主たる制度となっているのは、生活保護よりもむしろ児童扶養手当であるといえよう。生活保護よりはスティグマが少ないとはいっても、児童扶養手当受給の所得制限は「生活保護なみ」の厳しさであることは言うまでもない。このような理由から、より多くの母子世帯が利用している児童扶養手当受給者を調査対象にすることのほうが調査協力者も得られやすく、生活実態を反映できると考えるからである。同時にこのような調査を行うことにより、低所得の母子世帯の生活が疑似生活保護制度のような児童扶養手当に依存していること、生活保護制度が母子世帯の生活を守る制度として機能していないことを明らかにすることができると考えるからである。


(1)杉本貴代栄他、一九九七『日米のシングルマザーたち:生活と福祉のフェミニスト調査報告』(ミネルヴァ書房)、同、二〇〇一『日米のシングルファーザーたち:父子世帯が抱えるジェンダー問題』(ミネルヴァ書房)を参照。

(2)行政が行う調査は、「上から下」への権力的な調査となりがちであるため、調査協力を得にくく、また調査が行われたとしても「ホンネ」を聞き出すことは難しい。行政ではないが、準行政機関ともいえる社協や民生委員に調査を依頼されることは、生活保護受給世帯にとっては断りにくいことかもしれない。そういう方法ではなく、調査の目的を十分説明して協力を求めるという方法もあったのではないだろうか。例えば、母子世帯の当事者団体を通じて調査協力者を募るという方法もあったであろう。しかし、地域によっては当事者団体が結成されていないところ、活発な活動が行われていない地域もあるため、どこでも可能な方法とはいえない。杉本貴代栄、一九九七「フェミニスト・リサーチの冒険―いかにすれば女性の抱える社会的問題を明らかにできるのか?」杉本貴代栄著『女性化する福祉社会』(勁草書房)を参照。