Home書評 > 本文
2005.10.27
書 評
 
谷口 真由美

柴山恵美子・中曽根佐織編著

『EUの男女均等政策』
『EU男女均等法・判例集』

日本評論社、2004年4月/6月、菊判・236頁/334頁、3000円+税/5000円+税

 二〇〇五年六月に入り、EU憲法がフランス、オランダと相次いで国民投票で否決された。EUは、来年度のEU憲法批准を見送ったという。EU憲法が採択されないことが、今後のEU域内での男女均等政策にどのような影響を及ぼすのか、未だ明らかにならないところではあるが、これまでEUがEUという単位で積み上げてきた男女均等政策について学ぶところは非常に大きい。その意味でも、『EUの男女均等政策』は大変充実した内容となっている。本書は、全体として五つの章から構成されており、以下、その内容を簡単に説明することとしたい。

 第1章は、「データにみる欧州女性の姿」である。EUにおいては、「男女平等政策の深化において、機会均等が必然的に結果の平等に結びつかないとすれば、社会的背景までも含めて是正する必要があるという認識のもとに、調査研究及び法制度の作成が行われている」とのことで、データ収集及びその活用が非常に重要であるとの認識がある。人口動態の変化から、「労働力の女性化」とジェンダー・ギャップ、女性被用者の増大と産業別就業構造の特徴、雇用機会均等待遇と差別とジェンダー・ギャップ、男女の職業と家族的責任の両立にみるジェンダー・ギャップと、幅広いデータが収録されている。EU女性と一言で表現されていても、EU加盟各国の状況により大きな違いがあることも併せて読み取れる。

 第2章は、「EU創設と欧州の女性たち」である。EUの前身である欧州共同体(EC)が一九六七年に成立したことは言うまでもないが、それ以前の欧州における共同体の出現、とりわけ第二次世界大戦後からの統合の経緯についても述べられている。さて、EUには、そもそも「基本的にすべてを包括する法体系は存在しない」のであって、基礎となっている法体系のうち、中心を占めているのは、加盟国の法制度からまったく独立した「共同体法(EC法)」である。このEC法とは、「EUの基礎である欧州共同体に適用される法の体系」のことである。EC法の法源は、第一次法源としてローマ条約、単一欧州議定書、マーストリヒト条約、マーストリヒト条約を改訂するためのアムステルダム条約、ニース条約等があり、第二次法源として欧州司法裁判所の判例、加盟国に共通する法の一般原則、そして共同体立法がある。

 EUの立法には四つのレベルがあり、拘束力の強い順に、「規則」(Regulation)、「指令」(Directive)、「決定」(Decision)、「勧告及び意見」(Recommendation and Opinion)がある。「規則」は加盟国の国内法に優越し、加盟各国は国内法が成立せずともその規則に従う義務を負う。「指令」では加盟各国の自主性が重んじられ、「決定」は指定される国・企業・個人にのみ有効で、「勧告及び意見」は拘束力を伴わない。「規則」と「指令」は、加盟国が義務不履行の場合には、唯一の行政機関である欧州委員会が加盟国を相手取り、欧州司法裁判所に提訴できる。これにより、EC法はその実効性を確保している。

 EC法のなかでも、ローマ条約(一九五七年調印、五八年発効)は、欧州統合における女性の権利獲得の歴史を振り返るにあたって、欠かすことはできない。特に、その男女平等概念の基礎は、同条約第一一九号の「男女同一価値労働・同一賃金の原則」にみることができる。確かに、ILO(国際労働機関)ではそれ以前の一九五一年に既に同原則に関する条約(ILO第一〇〇号条約)が採択されてはいたし、男女同一賃金を具体的に実現するための立法手続の明記がないなど、「弱点」もあったのだが、欧州という単位における条約で、同原則が確認された意義は大きい。このことを一つの契機として、さらに男女平等を推進する動きは一九七〇年代以降活発となり、特に一九七五年の「国際女性年」から第一一九条に基づく男女平等原則は雇用全般、社会保障などの領域で著しく進展した。その後、マーストリヒト条約(一九九三年発効)によって、ECはEUへと転進した。

 特に、二〇〇二年元旦から単一通貨ユーロの流通が開始され、欧州は一大経済圏を築いた。その他にも、マーストリヒト条約により加盟国の日常生活そのものが「EUレベル」で営まれるようになっていった。では、マーストリヒト条約は、欧州の女性の地位をどう変化させたのか。同条約の付属文書の一つとして、「社会政策議定書」があるが、これは、雇用の促進、生活・労働条件の改善など、社会労働政策の重視を明記している。次に社会政策の立法手続において、ECの最高意思決定機関である閣僚理事会は、同議定書加盟国(英国を除く一一カ国)による特定多数決(各国の人口に応じて票数配分し、その統計に基づいて決定する方式)、または全会一致による理事会指令の適用範囲を拡大した。しかし、理事会指令は法的拘束性を持ち得ないため、その有効性を疑問視する声もあるが、「雇用機会と職場待遇に関する男女平等」の指令などが出されていることから、とりわけ一九九〇年代の理事会指令の進展は、女子労働問題の解決と男女平等原則の進展からみて、積極的に評価できると述べられている。

 第3章は、「EUの制度と男女平等を担うEU諸機関」である。EUは、一見しただけではその仕組みがよくわからないというのが実情であり、また、現時点ではEUの機構・制度自体が未だ発展途上にあり、今後さらに変更、調整される可能性もある。そこで、本書はEUの機構を図で表し、わかりやすい説明を加えている。EUには、さまざまな機関が存在している。まず、行政執行機関であり、EC法といわれる規則・指令などの草案の提案権を有し、欧州統合の推進役である「欧州委員会」、EUを動かす機構である「欧州議会」、加盟各国の担当閣僚が出席する「閣僚理事会」、EUサミットと呼ばれる「欧州理事会」、EU内での紛争解決やEUにおける派生法が基本条約に整合しているか、また、判例が法源にもなっている「欧州司法裁判所」、EU域内の経済、社会問題に関する諮問機関である「経済社会評議会」、マーストリヒト条約によって新たに設置された地域の代表からなる諮問機関である「地域委員会」等、これらのEU諸機関がどのように男女平等に取り組んでいるかについて概観している。

 例えば、欧州委員会内部の男女均等待遇政策の展開と女性の参画状況について、同委員会内のポジティブ・アクション・プログラム(男女均等推進のための行動計画)等の詳細な説明を加えている。現在は第五次まできているこれらのプログラムではあるが、「欧州委員会の組織はいまだに男性支配による職場環境が支配しており、全体の利益のためにこのアンバランスを是正する必要がある」とされ、更なる努力が求められている。また、欧州司法裁判所と女性判事の問題についても、一九九九年よりようやく二名の女性裁判官が加わったことなど、司法の世界という「男性一辺倒の不思議な世界」に風穴が開けられたことは大変興味深い。

 第4章は「男女均等待遇原則に関する指令の展開[I]」として、「『形式的平等』から『結果の平等』へ」というサブタイトルが付されている。ローマ条約の下で一九七五〜八六年の間に発せられた諸指令が取り上げられ、併せて加盟国内の法制度等への導入義務や、関係判例も掲載されている。一例として、一九七五年の「国際女性年」に「同一賃金原則指令」が採択された翌年には、「雇用職業における均等待遇指令」(一九七六年指令)が採択された。同指令の改正が二〇〇二年に採択された「改正・雇用職業における男女均等待遇原則に関する指令」である。

 同指令が改正されるまでには、加盟国内裁判所または審判所から欧州司法裁判所に多くの先決的判決が付託されている。とりわけ同指令が改正されることとなった決定的要因は、ドイツにおける「カランケ判決」(男女公務員の課長候補者が同一資格を有し、そのポストの女性比率が半数に満たない場合、女性比率を過小とみなして女性に対する無条件の優先権の付与が一九七六年指令に違反するかどうかが争われた事例で、欧州司法裁判所は、女性に絶対的かつ無条件に優先権を与えるとの国内法は、限界を逸脱して無効であるとした)なのだという。カランケ判決は、クウォータ制(男女平等促進のための割当制)、その他ポジティブ・アクション等これまでの法的・実践的集積の適法性に対して、「欧州社会に男女平等の実現に関する不透明性・不確実性およびショックを生み出し」、マーストリヒト条約以後、あらゆる領域で「ジェンダー政策の主流化」が新設・明記されていたことから、同判決が引き金となり「改正指令」が採択されることとなった。

 第5章は「男女均等待遇原則に関する指令の展開[úK]」として、サブタイトルは「男女労働者の安全と健康および職業と家庭生活の調和をめざして」となっている。本章では、マーストリヒト条約が調印された一九九二年以降に成立した、「男女均等待遇原則」に関する諸指令が紹介されている。例えば、一九九二年「産前産後の労働者の安全と健康に関する指令」や、九六年「育児両親休暇に関する指令」、九七年「パートタイム労働に関する指令」等、計九指令の内容や、加盟国の実施状況についても言及されている。

 本書が、EUの男女均等政策の分野における、初めての概説書であると言っても過言ではない。EUの男女均等政策の大きな流れである歴史的背景から、各加盟国の自営業女性に対する出産補助制度の概観に至るまで、非常に丁寧に検証がなされている。

 また、『EUの男女均等政策』から少し遅れて出版された、『EU男女均等法・判例集』は、現在問題となっている「欧州(EU)憲法」の草案を掲載し、EU行動計画(アクション・プログラム)、男女均等待遇原則に関する諸指令、欧州司法裁判所の男女均等待遇原則に関する判例を、解説付で収録している。

 こちらは、全体として五つの編から構成されており、概説書にあたる『EUの男女均等政策』を補完する「資料編」となっている。構成は以下の通りである。第úJ編「欧州のための憲法制定条約案」、第úK編「『ジェンダー政策の主流化』と行動計画」、第úL編「男女均等待遇原則に関する理事会指令」、第úM編「男女均等待遇原則に関する欧州司法裁判所の判例」、第úN編「男女均等待遇原則に関するその他の派生法」である。

 紹介した両書を併せて読むことで、日本とEUにおける男女均等政策の歴然たる開きを感じざるを得ない。EUに視察に行かずとも、本書でその政策の大枠を知ることができる。日本からは国会議員をはじめ、さまざまな自治体等でも男女均等政策のためにEU視察をおこなっているが、その成果が政策に十分に反映されていない状況があるといえる。もちろん、「日本」という一国と「EU」という共同体を単純に比較することはできないが、EUが男女均等政策を発展させていくなかで直面した困難や課題は、日本においても類似の状況が数多く見受けられる。これらの困難や課題をEUはどう捉え、いかにして乗り越えてきたのか、また今後どう乗り越えようとしているのか等の点において、学ぶところは非常に多い。そういう意味でも、もう一度政策立案者・決定者をはじめ、納税者もきちんと本書を読み、EUから見習うべき点は、今後日本の男女均等政策に積極的に取り入れていかなければならないのではないだろうか。