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2006.05.02
書 評
 
李嘉永

最近の報告書から

「憲法改正問題」への中間提言

 現在、政治サイドでは、憲法改正の論議が進んでいる。保守的な風潮が強まり、おりしも先の総選挙で与党が圧勝したことを考えると、にわかに憲法改正(改悪)が現実味を帯びている。他方で、憲法改正に関する市民の意識は低調であり、過去二度にわたる憲法の大転換(明治憲法制定・現行憲法の制定)に比べると、盛り上がりに欠けている。

 しかし、現在の情勢を見過ごせば、市民生活を圧迫し、差別の強化を許すような憲法体制が生み出されかねない。そこで、差別と闘い、平和と人権を守るという立場から、この風潮に対峙すべく、部落解放同盟中央本部は、部落解放・人権研究所・学識経験者のとともに、憲法改正問題の調査・研究に取り組んだ。いずれの政治的立場にも組みせず、あくまでも主権在民、平和主義、基本的人権の尊重という憲法の三大原則を厳守・徹底させていくという部落解放の視点から検討したものである。

 そのような点からすれば、現行憲法が果たしてきた役割、そして部落解放の妨げとなってきた側面を含めて検討を加えることで、断固として守るべきもの、より内容豊かなものにすべきもの、廃止を求めるべきものを整理することになる。

 そのために、人権保障の基本的枠組みとしての立憲主義の問題、私人間人権侵害の問題、人権実現のための行政機関の積極的な役割、さらには中央省庁一元主義的な人権保障のあり方を排し、国際社会での取り組み、そして身近な生活圏域での人権確立の重要性を指摘した上で、各個別条文について検討を加えた。

 天皇制は、「貴族あれば賎族あり」という観点からは、部落問題解決と相容れない。憲法改正論議においては、「天皇制」か「共和制」かの政体選択も議論の対象とすべきであると指摘した。

 戦争の放棄に関しては、「戦争は最大の人権侵害である」という立場から、憲法の徹底した平和主義を支持し、軍事力の廃棄を目指す。唯一の被爆国であるとの自覚を新たにし、戦争と人権とを対立軸に捉える以上当然である。ただし、いかにして廃棄を実現するかという実践論に関しては、昨今の政治情勢に対峙し、海外派兵・自衛隊の軍事戦力化を認めず、専守防衛の自衛力に留めるべきである。

 また、基本的人権の尊重についていえば、現実政治とのズレが深まっている。その状況に対しては、憲法を現実にではなく、現実を憲法に適合させる努力が必要である。個別人権課題に関して、これまでの部落解放運動の経緯に即して、それぞれ評価を試みた。詳細については「中間提言」を参照していただきたいが、中でも重要であるのは、人間の尊厳を保障する包括的根拠規定としての第13条と、かかる尊厳がいかなる者に対しても差別されることなく保障されるべきとした第14条である。更にいえば、第12条の自由・権利保持責任は、部落解放運動の生命線である差別糾弾闘争との関連で、きわめて重要な意義を有している。

 ただし、これらの提言は、あくまで中間的な性格のものである。解放運動の現場にいる運動家をはじめ、部落解放運動を支える人々の意見を求め、憲法に対する私たちの思いを、まとめ上げる必要がある。