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2006.08.21
書 評
 
中村清二

ドミニク・S・ライチェン、ローラ・H・サルガニク編著
立田慶裕監訳

キー・コンピテンシー国際標準の学力をめざして

明石書店、2006年5月、A4判248頁、定価3800円

 日本の学力低下を国際調査としても明らかにしたことで、OECD(経済協力開発機構)の「PISA調査」は一躍有名になった。同時に、2000年、2003年と総合トップを取ったフィンランドの教育も大きな関心を集めている。

 しかし、PISA調査の根底にある「キー・コンピテンシー」(鍵を握る能力)については、まだあまり知られていない感がある。OECDは、21世紀というグローバルな、多様性に富む、知識基盤型社会における「鍵を握る能力」とは何か、という問題意識で1997年より「コンピテンシーの定義と選択:その理論的・概念的基礎」プロジェクトを立ち上げた。OECD加盟国12カ国の政策担当者と学際的な領域の専門家との協働で進められ、教育だけでなく、経済、政治、福祉を含めた広範囲な生活領域に役立つ概念を提供したという。

 その概念に基づいて15歳を対象に2000年、2003年に実施されたのが、PISA調査である。そして、当然ながら、成人も含めて生涯必要とする能力であることから、2004年からOECDは「成人能力の国際評価プログラム」の検討を開始している。

 本書は、2003年に発刊された上記プロジェクトの最終報告書である。

 「キー・コンピテンシー」とは余りなじみのない概念だが、同和教育の中で追究してきた「解放の学力」や人権教育の内容にも深く関わっている概念であると思われる。同時に、「キー・コンピテンシーが群として機能するという考え方は、単一尺度に基づく基準による現代の評価の利用についても疑問を投げかける」(本書197頁)という指摘は、獲得した知識量の調査だけで学力を測ろうとする今の日本の風潮に大きな警鐘を鳴らしていると言える。また、「生涯必要とする能力」という点でも、識字教育や成人教育の内容に提起するものが多くあると思われる。こうした点で、今後、是非とも注目していきたいと考える。

 具体的には、「キー・コンピテンシーの3つのカテゴリーと9つの能力」として、以下のように整理されている。

  1. 相互作用的に道具を用いる
    1. 言語、シンボル、テクストを相互作用的に用いる能力
    2. 知識や情報を相互作用的に用いる能力
    3. 技術を相互作用的に用いる能力
  2. 社会的に異質な集団で交流する
    1. 他人といい関係を作る能力
    2. 協力する能力
    3. 争いを処理し解決する能力
  3. 自律的に活動する
    1. 大きな展望の中で活動する能力
    2. 人生計画や個人的プロジェクトを設計し実行する能力
    3. 自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

 そして、これらの能力の内、PISA調査では、1の1・2を対象に、読解力、数学リテラシー、科学的リテラシー、として把握しているにとどまっているという。

 来年2007年度より、毎年、全国学力・学習状況調査が実施されようとしている。改めて「学力」とは何か、それをどのように育むのか、そしてどう評価していくのか、等検討すべきことは多いが、その大きな一助としてOECDの「キー・コンピテンシー」を考えていくことの意義は重要であると考える。