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2007.05.29
書 評
 
福原宏幸
おおさか人材雇用開発人権センター編

おおさか仕事探し
─地域就労支援事業─

(解放出版社、2005年3月、A5判・180頁、1800円+税)

 本書は、2002年から大阪府が推進し大阪府内各市町村が事業主体となって開始した地域就労支援事業の取り組みを紹介したものである。働く意欲や希望がありながら、雇用や就労を妨げるさまざまな就労阻害要因をかかえる就職困難者は、政府が行っているこれまでの雇用対策の対象とはならず、もれ落とされてきた。この地域就労支援事業は、まずこうした就職困難者を対象にしていること、基礎自治体の市町村が事業主体であることに特徴がある。また、これは、就労にあたってはさまざまな生活問題などの解決が必要であることから、就労相談を「仕事外相談」と結びつけて実施し活路を拓く取り組みである。さらに、地域で就職困難者を発見すること、地域で支援の方策も発見すること、そして地域で仕事を発見することをめざしている。これはまさしく就労支援に対して新しい視点を提案した事業であり、それゆえに今や全国的にも注目されているのである。

 1990年代の後半以降、日本経済が不況に陥るなかで失業や貧困などの問題が、そしてそれと関連して家族の解体、人間関係の断絶、社会的孤立、アルコール・薬物依存、自殺率の上昇さらには犯罪率の上昇など、多くの社会問題が噴出してきている。こうした問題は、従来の社会政策の枠組みではとうてい対応できないことが明らかとなってきた。大阪の地域就労支援事業は、一歩先んじてこれらの問題解決に応えようとするものである。

 「第一章 社会統合の政策理念と雇用促進政策の必要性」(大谷強)では、まず欧米の先進諸国で1980年代から貧困や社会的排除の問題がすでに発生しており、それに対して従来の福祉政策では十分に対応できなくなったこと(一つは財政の悪化、もう一つは福祉依存から抜け出せない人びとの存在のため)を明らかにした。その結果、「福祉から就労」へといった政策(ワークフェア政策)が推進されるようになったことを論じている。そのうえで、日本においても、既存の福祉政策と雇用政策の限界を超えるものとして、「就職への道をつける個人対応の支援活動」と基礎的自治体である市町村による雇用・就労政策の展開の必要性や意義が論じられている。

 「第二章 まちが仕事で動き出す―地域就労支援事業の論理―」(奥田均)では、地域就労支援コーディネーター(相談員)が就職困難者に対して取り組む一連の流れ(相談⇒サポートプランの作成⇒サポートプランの実行⇒雇用・就労の実現・継続)をわかりやすく説明している。そして、困難をかかえた人びとは「制度からもれ落とされるばかりか、生活の場においても無視され、忌避され、時には摩擦の対象として排除さえされてきた」ことから、ソーシャル・インクルージョンという発想により社会との関係性の再構築が必要であること、そのため就労支援事業の活動においてそれぞれの人びとの問題の発見それ自体を重視することが語られる。また、こうした特徴を持つ地域就労支援事業は、部落解放運動が提起し同和行政の発展のなかから創造されたものであることも論じている。

 「第三章 大阪で始まった地域就労支援事業─地域就労支援事業を生み、育む力─」(冨田一幸)では、二つのことが論じられる。一つは、自らの活動を通して就職困難者が自ら就職に向け「がんばる」意識をもてるようにする施策の構築についてである。もう一つは、自治体・企業・NPOなどが地域で仕事を発見する取り組みを述べている。とくに、大阪府・市の「総合評価一般競争入札制度」の導入、企業の社会的責任促進についての大坂独自の取り組み、まちづくりのなかで雇用開発を進める事例などが論じられている。

 「第四章 座談会:地域就労支援事業に携わって」は、表題のとおり、地域就労支援事業の現場に携わってきた八人の座談会であるが、就職困難者の抱える問題の具体的事例、その人に対する支援においてどのような工夫が日々のコーディネーター活動のなかでなされてきたかが、紹介されている。それぞれの発言からは、日々の活動を通して培われた支援の工夫をうかがい知ることができるし、座談会参加者の熱意とともにソーシャル・インクルージョンの発想を読みとることができる。

 本書には、最後に「資料 地域就労支援事業の概要」が加えられ、大阪府内各市町村のこの事業の成果と、事業実践にあたってのマニュアルなどが紹介されている。このため、きわめて実践に役立つ文献となっている。

 では、この地域就労支援事業はどのような特徴をもつのであろうか。また、この事業をいっそう発展させていくにあたって問われる課題は何だろうか。これらについて、論じていきたい。第一に、この事業は、就職困難層に絞った施策として、他の都道府県には見られない大阪府独自の政策として実施されてきたという特徴がある。そのため、今後はこの施策が他の都道府県に波及することが望まれるし、現にそうした動きは見られはじめている。それとあわせて、この就職困難者の就労問題は、全国的な広がりをもつことから、国も一定の責任を持って対応する方向へと発展することが望まれるだろう。

 第二の特徴として、困難者が抱える諸問題の解決との関係で就職先の発見・開発を地元志向という方向で展開している点があげられる。これは地域でのつながりのなかでの支援が重要ということであろう。しかし、地域における雇用開発はややもすると地元の小規模事業者に依存しがちである。安定した多くの就職先の確保のためには、多くの企業が地域の雇用創出に目を向けるようにする方策が必要であり、これが今後の課題となるだろう。

 第三の特徴は、この事業では個別ケース検討会議が実施されている点である。これは、個々の就職困難者がかかえる阻害要因を克服するためには、雇用だけでなく福祉や教育などの関係機関が一体となって取り組む必要があり、これに応える体制として生まれたものである。従来、自治体行政においてこうした連携はきわめて困難であったが、その壁を越えて取り組まれている新しい試みでる。

 第四に、本書の著者の何人かが強調しているように、この事業がソーシャル・インクルージョンとして位置づけられていることも興味深い点である。なお他方で、政府は2005年度から生活保護受給者に対する自立支援事業を開始したが、そこでは当事者の自立・自己責任が強調され、事業の名目としても就労自立支援となっている。この両者の考え方には微妙な違いがあるが、今後は、従来の地域就労支援事業と、新しく実施され始めた生活保護受給者の就労自立支援事業がうまくかみ合って展開されることがのぞまれる。

 第五に、就職達成率を引き上げるという課題がある。相談者のうち実際に就職につながった人の割合は一八%程度である。これをどう評価するかは難しいところがあるが、いずれにしろ、この就職達成率を引き上げるために就職先の開発と並んで職業訓練も必要となるだろう。また、就職後の継続就労を支えることも重要な課題であり、とくに就職後の社会的つながりを支えていくことが必要であろう。これらの点は、今のところほとんど手がつけられずにいる。欧州では社会的企業がこうした課題を担っている国もある。たとえば二年間、社会的な能力開発、自尊心・自信の回復、職業訓練を「労働市場媒介企業」(社会的企業の一種)が担い、より安定した仕事へと人びとを送り出している(なお、これには政府による最低限所得保障も必要であり、実施されている)。

 本書は、大阪において地域就労支援事業の現場で活動している人たちを中心にして書かれた書物である。したがって、その活動の息吹が直接読者にも伝わってくる。また支援事業についても多くの具体例が紹介されている。その意味で、読者に多くの感動を与えるものとなっているとともに、基礎自治体やNPOにおいて就労支援やまちづくり施策に携わっている人びとに多くの示唆を与えるものと確信している。ぜひ多くの人びとに読まれることを期待したい。