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2007.10.4
書 評
 
合力 知工

谷本寛治

『CSR 企業と社会を考える』

(NTT出版、2006年6月、四六判・275頁、1600円+税)

 CSR(Corporate Social Responsibility)とは企業の遂行すべき社会的責任のことである。本書は、社会の中に存在する企業に求められる役割や責任とは何か、ということを踏まえ、いま求められている新しい企業像を考察することを目的としている。

 具体的には、「企業とは何か」から始まり、「企業を取り巻く環境の変化」、「企業と社会・ステイクホルダー(Stakeholder:利害関係者)との関係」、「企業市民としての役割」など新しい課題について考察しながらCSRマネジメントの課題や手法を紹介し(ミクロ的視点)、さらに持続可能な社会経済システムを構築していくための政策課題についても言及している(マクロ的視点)。

 現在、CSRに関する著作は数多く散見されるが、その多くは流行を意識した一面的かつ表層的なものである。そうしたなかで本書は、CSRの本質を、いろいろな角度から多面的・多層的な視点で捉えている。

 例えば、「企業不祥事はなぜ、なくならないか」という問いに対し、多くの識者は「企業倫理の欠如」と答えるが、これは問題の一面しか捉えていない。本書では、それよりもむしろ「企業組織の風土・構造、社会に対するアカウンタビリティの欠如」にこそ、その本質的な原因があると指摘する。

 不祥事を起こした企業がその原因を「企業倫理の欠如」と考えた場合、恐らく倫理綱領の整備や見直しに注力し、「コンプライアンス経営」を強調するであろう。しかし、それがもし、全社的な組織風土・構造の見直しを伴わないのであれば、その企業は再度、不祥事を起こす危険性があるということである。

 また、企業が組織構造の見直しを行う場合、その関係する社会経済システムの構造を鑑みる必要がある、と本書は指摘する。すなわち、企業の経済活動が社会的なルールに従っているかどうか、ステイクホルダーへのアカウンタビリティ(accountability: 説明責任)を果たしながら事業活動を行っているかどうかが重要なのであり、企業構造の見直しもその観点から行われなければ、社会的な責任を果たせるような企業にはなれない。

 本書の特徴は、とにかく情報量が豊富ということである。国内だけでなく、アメリカやEU諸国などのCSRの取り組みについて、豊富なデータに基づきながら、企業のみならず各ステイクホルダーと関連させて、最新の動向を紹介している。

 例えば、株主や銀行などと関連させながらSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)の動向について、また、顧客やサプライヤー(部品供給者)などと関連させながらグリーン調達(現況負荷の少ない商品や部品の購入)からCSR調達への移行について、さらに、企業を評価するたの評価項目の見直しなどについても言及している。

 これまでは企業の価値と言えば、財務的な価値(有形資産)が評価されたが、今後はそれに非財務的な価値(無形資産)が加わり、むしろ後者の評価が高まる、と本書では分析している。すなわち、その後者の価値がCSRの遂行により蓄積される社会・環境的価値にほかならない。ただし、その非財務的な価値は市場と連動していなければ意味はない。あくまでも、資本主義下の企業にあっては、その価値を最終的に評価するのは市場なのである。

 したがって、原則的にCSRは事業活動の中に組み込まれ、市場と関連づけられながら戦略的に進められるべき性格のものである。

 CSRを戦略的に進めるにあたって、本書では「ステイクホルダー・エンゲージメント」と呼ばれる活動を重視する。これは「企業がステイクホルダーと建設的な対話を行い、そこでの議論や提案を受けて、経営活動に反映させていくこと」を意味し、企業がCSRを遂行する上で、この活動を行い、さらにアカウンタビリティを果たしていくことが不可欠であると指摘している。

 また、本書では、企業の社会貢献活動の新しい展開を紹介している。具体的には、企業の社会的課題への取り組みを、「社会貢献活動(企業の経営資源を活用したコミュニティへの貢献活動。施設・人材などを活用した非金銭的なものや、寄付など金銭的なものがある)」と「社会的事業(寄付ではなく、あくまでも一つのビジネスとして関わっているもの)」とに分けて、企業だけでなく、NPO/NGOとの連携活動などについても事例を交えながら考察している。

 最後に、本書では、CSRをマクロ的な視点から、企業を超えた大きな枠組みの中で捉えるべきものであると指摘している。具体的には、政府や業界団体やNGOなどによって、一定のガイドラインを作ったり、政府による制度支援や法整備を図って、多くの企業がCSRに取り組みやすい環境を整備したりしていくことが重要であるとしている。

 CSRがブームで終わらず社会に浸透していくにあたって一番基本的なことは、個々の市民の社会的問題に対する関心が高まっていくということである。本書がその高まりに対して大きな役割を果たすことは間違いない。多くの人に本書が講読されることを期待してやまない。