家庭内の虐待についての報道は、毎日のように新聞やニュースで取り上げられている。日本で暮らす多くの人たちは、それらの報道を何らかの形で見聞きしているに違いない。しかしながら、虐待を受け、その家庭で生活していくことが望ましくないと判断された子どもたちが、その後どのような過程を経て、どのような人たちとの出逢いがあり、どのような場所で生活をし、どのような子ども時代、そして若者時代を過ごすことになるのか、という点について知る人は多くないだろう。虐待報道のセンセーショナルさとは対照的に、そこから先の児童福祉施設で生活する子どもたちの姿は見えにくく、隠されている。
著者であるロジャー・グッドマンは、オックスフォード大学社会人類学教授である。訳者である京都府立大学津崎哲雄教授によれば、社会人類学とは「社会・人文・自然科学の総合的な視野に立ち、あらゆる学術方法を駆使したフィールドワークに基づき、種族・民族・共同体・集団・社会・国家の文化構造・社会構造・事象・特性を分析する実証科学」(三七八頁)である。著者は、日本における社会的排除を研究する最善の方法として、みずからの責任ではないのに社会の周辺に押しやられている子どもを対象とし、研究を始めた。それは、「子どもは、経済・政治権力の中枢から最も切り離されているとして定義づけられる存在であり、かれらがどう取り扱われているか検討すれば、日本社会の価値観に興味深い光をあてられるのではないか」と考えたからである(32頁-33頁)。そして、いくつかの逡巡を経て、日本で見えにくく隠されている存在として児童養護施設で生活する子どもたちにたどりつく。8カ月にわたるフィールドワークと調査研究の後、児童養護施設をとりまく現実を丁寧に描き出したのが本書である。
なぜ、児童養護施設で生活する子どもたちは、見えにくく、隠された存在となっているのだろうか。本書を読み進めていくにつれ、その理由が、ただ一つではなく、多くの要因が折り重なって存在していることが理解できる。
第一章に以下のような一文がある。「児童福祉(児童養護)の研究は子ども・家族に対する社会の姿勢(socialattitude)の研究でもあることは多くの研究者の一致する認識である」(41頁)。特別な事情を抱えた特別な子どもたちの研究が、児童福祉の研究ではない。それは、社会の姿勢をも問うていく営みなのだ。著者が児童養護施設で生活する子どもたちの社会的・歴史的背景に迫っていくとき、淡々と子どもの現実や事実を述べながらも、その内容が、時に私たち児童福祉関係者にとって耳が痛いのは、子どもたちを排除する社会構造のなかに自らも組み込まれていることを自覚させられるからであろう。
第二章で述べられているように「養護施設という言葉は日本において50年以上も使われてきたことになる。しかし、養護施設はほとんどの国民に認識されておらず、理解されてもいない」(91頁)ことは、施設で生活している子どもたちが、見えない存在にさせられている理由のひとつだろう。第二章では、日本の社会構造がいかに子どもたちの入所理由に重なっているかということが、多くの先行研究をもとに語られる。著者は、児童養護施設入所児は日本社会の最貧窮階層から来ていること(96頁)や、乳児院への措置理由は、年代によってさまざまな社会問題が反映され、日本社会における広範多様な社会状況のバロメーターになっていることを述べる(80頁)。読み進めるにつれて、冒頭で紹介した「虐待」という問題が、決して新しい問題ではないことに気づかされる。続く第三章では、児童養護施設の運営と職員配置、第四章では児童養護施設における子どもの暮らしの仕組みと実際を述べるなかで、児童養護施設がいかに日本の社会構造に規定されているかということが語られる。
第五章から第七章は、家庭で生活することができない子どもを支えるための社会的養護の制度、社会資源について語られる。第七章「新たな児童養護施設の役割│その方向性」において、著者は、戦後日本社会が大きく変わったにもかかわらず、児童養護施設がほとんど変わらなかったことを、それを変えようとする圧力がなかったからだと述べる(285頁)。そして、児童虐待が「発見」されて以降も、児童養護施設は根本的には変わることなく、ますますその役割を増大し、変貌を遂げていくだろうと結んでいる。
本書をとおして、子どもたちを取り囲む現実から日本という社会のひとつの姿が見えてくる。児童養護施設で生きる子どもたちの抱え込まされている課題を、個々人の資質及び家庭環境等特別な事情に帰してしまうのでなく、それを日本社会の構造と結びつけて論ずることが、私たち児童福祉関係者に求められている。
ある社会問題をいかにして社会構造のなかでとらえ、考えていくべきかという視点そのものについても、本書は、大きな示唆を与えてくれる。そして、児童養護施設を全く知らない人にとっても、日本において、見えにくく、隠されている子どもたちのことを、広くこの社会に生きる自分たち自身の問題として理解するために、大きく貢献してくれることだろう。
児童福祉にたずさわる人のみならず、多くの人たちに本書を手にとっていただけたらと願う。
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