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2008.04.15
書 評
 
板山 勝樹

児美川孝一郎 著

権利としてのキャリア教育
〈若者の希望と社会2〉

(明石書店、2007年5月、A5判、195頁、1800円+税)

 本書は、日本において1990年代後半以降注目されてきた、若者の「学校から仕事への移行」過程の長期化・複雑化・不安定化(以下、「移行過程の危機」と略す)とそうした課題に対応して求められてきたキャリア教育について批判的に検討し、「政策としてのキャリア教育」に対し、「権利としてのキャリア教育」創造の必要性を説く、問題提起の書である。

 本書の構成、および内容を以下、評者の視点で紹介する。

 第1章「子どもと若者の進路をめぐる状況」では、「移行過程の危機」を生み出した要因として、経済界の「雇用の流動化・柔軟化」の提唱と労働法制の規制緩和によって、新規学卒就職・企業内教育等の日本的雇用慣行が崩壊したことを挙げている。その結果、職業的な自立を果たせない若者たちの社会的地位が低下し、社会の中で「周辺的」なポジションに置かれつつあることや、正規雇用を勝ち取った若者も過酷な労働条件のなかで早期離職に追い込まれていることを指摘し、子ども・若者が直面するリスク水準が全体として上昇していると述べる。また、「移行過程の危機」によるライフコースの不可視化は、社会的(構造的)な「透明な閉塞感」となり、国際比較などで指摘された日本の子ども・若者たちにおける「自尊感情」の課題と折り重なって、自らの将来への悲観的な見方をする子ども・若者の割合が高くなっていると解釈する。さらに、子ども・若者における「今、この瞬間の充実感・楽しさを重視する価値観の浸透」と「関心が親密なヒト・モノ・コトに集中し、広がりのある社会との接点を持ちにくくなる状況」を生んでいると述べる。

 第2章「なぜキャリア教育が求められるのか」では、キャリア教育が求められる理由として、1点目に、「卒業後の人生における主人公となるための力量形成(=広義のキャリア教育)」は学校教育の本来の役割であるという。2点目に、「移行過程の危機」への対応としてキャリア教育が求められているとしている。

 第3章「日本におけるキャリア教育政策の展開」では、日本においてキャリア教育政策が展開される背景を2点に整理している。1点目は、進路指導改革としてのキャリア教育の展開であり、1つに、教育界内部における「輪切り」型進路指導への反省、2つに、経済界が「多元的能力主義」へシフトし、学校で学ばれる「近代型能力」と企業が求める「ポスト近代型能力」の齟齬が生じはじめたことを挙げている。2点目は、「移行過程の危機」への対策としてのキャリア教育の展開であるという。

 第4章「『政策としてのキャリア教育』の批判的検討」では、「政策としてのキャリア教育」の課題を三点にわたって指摘している。1点目は、政府レベルでの政策枠内での取り組みであり、やる気のあるすべての若者を対象とした「ピックアップ型」の支援に止まる危険性があること。2点目として、問題を「若者の意欲・意識」に集中させることで、1.企業側の受け入れ体制づくり等の構造的問題の軽視、2.道徳主義的(心がけの問題への)取り組みとなる危険性、3.適応主義的傾向を持つ危険性があること。3点目として、職場体験の偏った重視によって、カリキュラムや体制づくり等の課題が軽視されている傾向があることを指摘している。

 第5章「『権利としてのキャリア教育』の創造へ」では、全教育課程を「権利としてのキャリア教育」という視点から総点検し、「教育課程をつなぐ」こと、学校の「内」と「外」をつなぐこと、「政策としてのキャリア教育」を意味づけし直し、つくりかえることを提案している。また、特に重視すべき学習内容として、「労働についての学習」・「職場についての学習」・「労働者の権利についての学習」・「自己の生き方を設計し、わがものとするための学習」・「シティズンシップ教育」・「専門的な知識や技術の基礎の獲得」を挙げ、すべての子どもが、「人権」「変革」の視点を持ち、仲間と連帯していく力を身につけていくことの必要性に言及している。

 子どもたちの進路保障をめざす立場からキャリア教育の動向をみてきた評者は、本書から多くの示唆を得た。一方で、「権利としてのキャリア教育」を創造するうえで、1.特に「社会的不利益層」の子どもが、「権利としてのキャリア教育」を、2.どの学齢段階で・どの程度(カリキュラム論)、さらに3.どのように学んでいくのか(方法論・学習論)等、今後、具体的に検討すべき点があると考える。

 こうした検討課題はあるものの、日本における「政策としてのキャリア教育」を批判的に検討し、そのオルタナティヴとしての「権利としてのキャリア教育」を提案している本書は、キャリア教育や子どもの進路問題についての理解を深めようとする際の格好の見取り図を提供すると同時に、人権教育の観点からのキャリア教育をつくろうとしている人々が、一定の共感をもって読み進めることのできる書であろうと考える。