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2008.04.15
書 評
 
平尾 和

中川幾郎・松本茂章 編著

指定管理者は今どうなっているのか
〈文化とまちづくり叢書〉

(水曜社、2007年5月、A5判・269頁、2000円+税)

 この本の10人の書き手は、学者・研究者だけでなく、この業務に携わる公立施設職員、指定管理者に選定された財団、企業、NPO等の法人の人々である。そのため、制度導入によって各地の現場が「どうなっているのか」が気になる昨今、現場では切出しにくい制度の問題点や様々な矛盾を知ることができるとともに、書き手が制度全体に向き合う知的・精神的迫力と、現場の「熱さ」に触れることができる。

 2003年9月に施行された改正地方自治法により、公立の博物館、美術館、図書館など文化施設、駐車場・公園など基盤施設等、「公の施設」の多くが指定管理者制度に移行してきた。以来、制度導入を、地方自治体側が公立施設運営におけるコストダウンの有効な契機とする傾向や、他方、民間事業者側が新たな事業参入機会とする動きに対して、経済性・効率性という市場性原理が意識されていること、しかし、制度の運用にあたっては、なんらかの公共的使命をもって設置された「公の施設」の政策目的から、経済性・効率性だけではなく、公共性・政策的有効性という価値軸を明確にしていくべきなど、編者の中川らは積極的な議論を展開してきた。

 本の構成は、PART 1が、1.制度の概要と論点(研究者から)、2.制度移行の現状と課題(劇場コンサルタントと行政職員から)、3.民間団体からの報告(文化振興事業団、劇場プロデューサー、NPO法人から)、4.民間企業インタビュー、「今どうなっているのか」、またPART 2では、編者らが、1.選定における業績評価手法、2.地域ガバナンスの視点、3.「民が担う公共」という切り口で、「指定管理者制度の可能性」を探っている。このような多角的な議論に即して、構成順に紹介する。

 PART 1の「1.制度の概要と論点」で片山泰輔(静岡文化芸術大学)は、制度をめぐる噛み合わない議論(「効率性追求による文化芸術の衰退を危惧…」vs.「規制改革・民間開放・市場化テストは文化芸術の振興のため…」)を例に、議論の混乱の原因を解明する。その糸口は、この制度がN P M(New Public Management)的な行政改革の延長線上にあるという認識である。NPMの考え方の基礎である「効率性」の基準は、人びと(市民)の満足度だが、行政現場で語られてきた「効率性」が、投入と産出の比率(どれだけの費用で、いくつ生産したか)=機械的能率(物的生産性)を基準とすることによる混乱というわけである。この相違を理解すること、さらに自治体が、税金で費用負担している施設の公共性からすれば、非利用者を含む納税者の満足度の最大化も加えるべきとする。

 「2.制度への移行の現状と課題」で劇場コンサルタントの草加叔也は、第1期の制度導入が一段落した今、第2期に向けた課題は、文化の継続性や公立ホールの直営の妥当性・有効性も含めた検証だと指摘。長年「聖域」だった部分に突然強い光が当たり、炙り出された課題情況として、公立ホールが目的・使命も曖昧なまま指定管理者を公募している実態や、既存の公益法人など管理運営組織が元々抱えていた潜在的な曖昧さ等を描写する。「行政・指定管理者からみた制度導入のポイント」で大東市立生涯学習センターの笠井敏光は、同センターの指定管理者選定で(株)アステムが選ばれるプロセスを紹介。行政と出資団体などが抱える持ちつ持たれつの「甘えの構造」などに触れつつ、行政側に、選定過程と手続きの公平性、施設の目的・性格・規模など適当な理由があれば非公募も可能であり、地域のコミュニティ施設、食肉センターなど事業と切り離せない施設の場合は、実施できる団体が行うことが適当と提案する。

 「3.指定管理者からの報告」の2つの文化振興事業団の報告では、まず三重県の松浦茂之から、この制度導入の功罪であまり語られない「功」の部分として、団体の中枢を出向職員が担うなど自治体の出先機関化してきた外郭団体で、職員の危機意識の飛躍的高まり、曖昧だった施設の使命や運営方法の再検討のきっかけになったこと、管理者に指定されて以降の、裁量権の拡大を活かしたサービス改善などが示される。つぎに多治見市の菱川浩二も、文化会館・図書館・公民館など13施設を受託してきた同事業団は、事務局長はじめ課長職の大半を市の課長が兼職するなかで、「誰が組織をまめ、この危機を乗り越えていくのか」という危機感から、エネルギーあるビジョンをつくり、「たじみオープンキャンパス」という市民自立型生涯学習システムを全組織の連携事業化するなど、「仕事ができる喜び」を取戻すことができたと語る。

 有限責任事業組合アートサポートを設立し、大阪市立芸術創造館の指定管理者になったシアターワークショップの伊東正示は、文化ホール運営の専門家の視点から、公立文化施設には「町でいちばん舞台芸術に詳しい人がいてほしい」のに、音楽や演劇に興味さえなく、たまたま人事異動で配属される職員の実態をとらえ、学芸員・司書等のような資格制度がない公立文化施設運営には劇場運営の専門家「ホールマネージャー」の養成が必要と指摘する。

 芦屋市立美術博物館をめぐり財政難のため生じた廃館・売却話を引き金に、市内在住の映画監督などが呼びかけ設立されたNPO法人芦屋ミュージアム・マネジメントの柿木央久は、同館の企画展示業務の一部受託に至る経過を振返り、館の存続を訴えた市民運動では議論の焦点が館の収益率に集中したが、実は、市民からの支持の有無が館の存廃の帰趨を握っており、今後は市民に支持され市民の税金を投入するに相応しい美術館・博物館として認知されることを目指すべきと言う。

 「4.民間企業に聞く指定管理事業の最前線」は松本茂章(県立高知女子大学)が、京セラドーム大阪や海遊館の来場者案内などを受託してきたアクティオ(株)の薬師寺智之とサントリーパブリシティサービス(株)の伊藤せい子をインタビューする。薬師寺は、「的確に募集要項を読み、周辺事情をチェックする、それだけ」と「現場主義」を強調。ある自治体の外郭団体と競合の末に引き受けたケースで、引継ぎ時に、年度末の3月31日まで事務所に入れなかったエピソードは、笑って済ませられない話だ。大阪市立中央公会堂、鎌倉芸術館、島根県立美術館など六施設を引受ける伊藤も、「1年の半分は出張」と、「現場主義」を強調、「引継ぎ経費を認めて欲しい」、「仕様書に書いていないのに、あとになって追加する『あと出しじゃんけん』はやめて欲しい」と課題を挙げる。

 PART 2の、「指定管理者制度の可能性を探る」で、中川幾郎(帝塚山大学)は、指定管理者選定と業績評価手法に着目、選定基準の価値軸として、国の示す例示的指標「1.公平性2.効用最大化3.経済性4.安定性」を多くの自治体が援用している現状があること、その政策的主体性の弱さと政策型思考の希薄さを嘆きつつも、2.「施設効用の最大化」を足がかりに、社会資本(ソーシャルキャピタル)形成の視点で、選定基準の価値軸を確定していくべきとする。福祉施設や、自治、文化、人権など市民社会開発が目的という明確な公共的政策目標を持つ施設にとって、有効性を問う指標は経済性だけでなく、その上位にある経営政策上の目標の具現化(社会変化の達成)を問うべく、経営者として市民との価値概念の共有による指標づくりを提案する。

 松本茂章は、今後の文化施設に対して地域経営の担い手の発見と育成を求める視点から、芸術文化による地域社会の紐帯づくり、人々の信頼関係の構築、ネットワーク形成などに可能性を見出す。民間企業のノウハウを導入しながら、「旧日銀岡山支店を活かす会」活動、実験コンサートやオープンカフェなどに取組むルネスホールの指定管理者NPO法人バンクオブアーツ岡山の黒瀬仁志理事長、先述した大阪市立芸術創造館を担う演劇プロデューサー小原啓渡館長の文化活動を紹介、新しい地域ガバナンスの担い手として期待をこめる。

 「民が担う公共」の可能性を考察するヤマハ(株)の桧森隆一は、指定管理者制に移行した施設の9割近くが従来と同じ管理者のもとにあり、制度変更といっても大勢として特段変わっていない実感はあるが、暗黙のうちに固定化していた施設利用が新しい管理者の出現で公平性が高まったケース等を例に、「事件は現場で起こっている」ことに注目する。法律による制度変更が、やがて法律には定められていない公募による競争やモニタリングなどの制度変化へじわじわと進展し、民間企業・NPOの参入による現場の変化、人材活用、地域の活性化などが起こると、その影響で公共施設の管理運営や地方行政のあり方など、市民と行政の関係が大きく変わる可能性があると指摘する。