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2008.10.29
書 評
 
中村清二

苅谷剛彦他著

岩波ブックレットNo.738、A5判103頁、2008年9月29日

 多くのセンセーショナルな話題を生んできた「リクルート」出身の民間人校長・藤原和博さんが2003年度より在籍した杉並区立和田中学校。具体的には「よのなか」科、土曜日の補習授業「ドテラ(土曜日寺子屋)」、民間の学習塾との提携による「夜スペ」、そして地域人材を活用し学校を支援する「地域本部」などの取組みが行われた。

 これらが教育における「公共性」「平等性」の再設定という今日的課題との関連において、いかなる「成果と課題」があったのかを検証しようとしたのが本書である。そのため2003年度に入学した49名の生徒の3年間に焦点をあて参与観察するとともに、03年度と05年度に学力調査・アンケート調査を実施し、さらに比較検討のため同じ杉並区のA中学校で同じ調査を実施している。それが「第Ⅰ部 スクールエスノグラフィ」「第Ⅱ部 質問紙調査」「第Ⅲ部 和田中の学校改革の意義」「対談 研究グループによる改革の決算」として興味深くまとめれている。

 1つは、1.東京都内の中では比較的安定した経済基盤を持つ杉並区にあって、和田中学校校区は社会的に不利な層が存在し、観察対象の学年では約3割の就学援助、約2割の1人親世帯という実態があること、2.対象学年の生徒達はA中と比較し3年間に学力調査結果や勉強・授業に対する態度が低下している一方で、調べ学習への希望や意欲は増加していること(特に不利層の生徒で顕著)、また不利層で「学校生活を楽しい」と思う傾向が顕著なこと、といったような分析をしている点である。

 2つめは、杉並区の新自由主義的な教育改革の中で、和田中の学校改革を1.「出島」=「よのなか」科づくり、2.社会関係資本の集中投下、3.成果の可視化と効率性の追及、4.有名性の資源化、と整理した上で、「藤原学校改革」は1.教員の持つ専門的力量を評価した上での学校改革、2.学校の内部と外部の境界線上に立ち上げた「地域本部」、3.授業や学校活動に上手くなじめない生徒の居場所作りに極めて自覚的(図書室を再編し「第2の保健室」に)、と指摘している点である。

 3つめは、教師集団(日常の地道な教育)と地域本部(新たな改革)との関係性がはらむ問題点の指摘である。教師集団に過剰な負担をかけることなく専門性を活かせられるのか、学校が設定する教育目標に使える部分だけ地域から吸い上げるやり方がいいのか、資源と思慮を欠いた学校外からの教育改革は学校のスリム化を招く新自由主義的な改革へと容易に転化、などである。

 ただ、しっくり来なかった主な点は、「学校と地域の関係」である。地域の教育力が弱まっている現状の中で「学校が核になって地域の結びつきを再生するという…構想は、これからの地域と学校の関係を考えていく上で確かに現実でもある」(P82)としながら、「教師の負担を増やさない」ことを前提にしているため、上記のように「地域から吸い上げるやり方」という批判を招くし「地域の結びつきの再生」も覚束なくなるのではないか。「異質な仲間にもまれるなかで」「本当に役立つ生きる力をつけ」させることこそが公立中学校の私立中学校にない魅力だと主張する藤原校長であるなら、なおさら地域の「多様性」の現実と理解を、地域と学校との実際の関わりの中で生徒達に示していく必要があるのではないか。「教師の負担の問題」は丁寧に検討しないといけないが、学校と地域との「協働」「学校づくり」「地域づくり」の双方向性という枠組みが必要ではないだろうか。