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2010.01.29
書 評
 
大橋 保明

岸裕司著

学校開放でまち育て
-サスティナブルタウンをめざして

( 学芸出版社、二〇〇八年一月、四六判二二三頁、一九〇〇円+税)

本書は、学校と住民双方にメリットのある関係を志向する「学社融合」の実践者として著名な岸さんによる単著第四弾である。これまで同様、千葉県習志野市秋津地区における豊富な実践例がわかりやすく紹介されており、読めば誰もが間違いなく「ノリノリ」になれるが、本書には地域史や人口流動、犯罪発生率等の分析的要素も加えられ、今後のまちのあり方を考える研究書の側面も有している。本書の構成は、以下のとおりである。

第1章  子縁でつながったニュータウン

第2章  われらスクール・コミュニティ

第3章 学校施設の地域開放の工夫

第4章  学校づくり・まち育て・子育ちは三位一体で

第5章  次世代育ちの芽とわれわれのできること

第6章  サスティナブルなまち育てのしかけ

第7章 ニュータウンの老いに抗す

終 章  生産のないまちだから考えるこんなアイデア

秋津コミュニティでの最初の活動「飼育小屋づくり」は、地域教育活動における父親たちの力を再考させた取り組みとしてよく知られているが、その背景に地域生協に関わる母親たちのネットワークの深まりや広がりに対する父親たちの羨望と焦燥があったことは興味深く、その両者を緩やかに結びつけるものとして発想したのが子どもを通した大人たちのつながり=「子縁」であったことが述べられている。子縁は必然的に学校と保護者等を結びつけるが、秋津では子どものいない夫婦や子や孫と同居していないお年寄りなど多くの住区民ともつながりながら、学校だけでなく、まち全体の「サスティナブル(持続可能性)」な育ちを視野に入れ、「フレキシブル(柔軟性)」かつ「アダプタブル(可変性)」に楽しみながら活動が展開されてきた。

「まち育て」とはいえ、子どもや「学校施設」がその重要な起点のひとつであることは疑いないが、その学校運営のあり方もここ数年で変化を見せている。そのひとつが、二〇〇四年九月の改正地域教育行政法(地域教育行政の組織及び運営に関する法律)で、学校運営に関する承認権と人事権(意見)を有する「学校運営協議会」を中心に、より多くの人々の意見等が学校運営に反映されるようになった。こうした学校は通称「コミュニティ・スクール」と呼ばれるが、今年度四月一日現在、全国二九都府県三四三校が指定を受け、校区の特色を生かした学校運営や地域教育活動を展開している。

秋津小学校も二〇〇六年一〇月一日に指定を受けているが、秋津関係者の提唱する「スクール・コミュニティ」の考え方は、さらにその先を見据えている。

「コミュニティ・スクールは「学校のみの改革」であり、スクール・コミュニティは、市民立学校による「生涯学習社会の実現」を機軸とした「新しい地域・都市政策としての改革」(一〇七頁)

「コミュニティ・スクールは、「二〇〇日×八時間の学校開放時間に限った学校運営制度の改革」であるのに対して、スクール・コミュニティは年間三六五日×二四時間の「フルタイムの学校機能を住区民と共用・共有して運営する教育全体の制度改革」(一〇七頁)

特に後者については、阪神・淡路大震災時に避難所である学校が開かず、窓を割って入ったという教訓をもとに、防災・防犯対策の観点からも住区民が鍵を管理することの必要性を唱えている。すでに秋津小では一五本の鍵を住区民が管理している。この背景には「日常的な管理者・防火責任者は、秋津小コミュニティルーム運営委員会委員長」に、「放課後や休校日を含む開放施設の管理責任者は、開放時に教育委員会が校長から教育長」に移すという教育委員会の英断があったようで驚かされた。秋津コミュニティの実績と熱意、またそうした住区民の想いを汲み取ることのできる教育委員会や学校関係者の両者があって成立する取り組みの象徴であろう。

著者が指摘するように、住区民の高齢化(〇~一九歳人口一一七九人、総人口の約一六%)や施設等の老朽化など、学社融合実践の継続にも関わるいくつかの課題も存在するが、同時に提案されている数々のアイデアがあるかぎりこれら課題は克服されていくだろう。あえて評者から要望すれば、秋津地区で完結しない広がりを持った取り組みを期待したい。

「公立学校のあるどこの地域でも」展開可能であることが強調されるが、秋津からの情報を受信しても、また単発的に視察したとしても、これらの取り組みの普遍的な要素が他の地域に継承されることはまだまだ少ない(本書では、五つの地域の実践例が紹介されているが)。であれば、他地域に住む若者世代へも継続的な関わりを促し、人のつながりや活動の楽しさを体全体で感じてもらうことで、いつの日かそれぞれの地元で活動が始まるかもしれない。それらが習志野市全体、千葉県全体、日本全国、世界中へと広がり、最終的にはそのメリットが秋津に帰ってくるにちがいない。少々、大風呂敷を広げすぎたが、著者を中心とした秋津コミュニティへの期待は高まるばかりである。