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2010.01.29
書 評
 
小野田一幸 

寺木伸明・藤沢靖介 監修

街道絵図に描かれた被差別民-五街道分間延絵図-解説篇補遺

(東京美術、二〇〇八年六月、B5判・七一頁、四七六円+税)

 本書は、東京国立博物館が所蔵する「東海道分間延絵図」(重要文化財)をはじめ、二二の分間延絵図(以下「延絵図」とする)に描かれた一七〇近い被差別民やその居住地の状況を、第一線の研究者一四名が、各種史料から具体的にあとづけたものである。同書が編まれた具体的な経緯については、巻頭にある監修者の寺木伸明と藤沢靖介の「はじめに」および部落解放同盟中央本部の辻本正教の「『街道絵図に描かれた被差別民』の刊行に寄せて」に依拠されたい。

 本書は、総論と各論の二部から構成されている。( )内は執筆者。

 まず総論には、「一、『五街道分間延絵図』と被差別民集落」(寺木伸明・大熊哲雄・藤沢靖介)「二、今日の前近代部落史研究―その主要論点」(藤沢靖介)

の二編が収められている。前者は、「絵図作成に関わった人びとが何をどのように描き込もうとしたのかについて、さらに検討を加え、そのことによって被差別民集落の描写・記録がどのようにして行なわれたのかを考え」ることに主眼がおかれ、在地から提出された「明細帳」や、描かれた被差別民集落の種類などを論じている。後者では、被差別民にかかる近年の研究動向と論点が提示される。そこでは「1被差別民集落の起源と差別の歴史的性格」「2近世身分制の理解」「3職能と社会的分業のなかでの位置」「4地域類型―東西比較について」の四項目に関して、簡明な整理がなされている。是非、以下の各論を読む前に一読されることをお勧めしたい。

 続いて、各論として「第一章 東海道および関連・周辺街道」(鳥山洋・山本義孝・藤井寿一・和田勉・中尾健次・吉田栄治郎・寺木伸明)「第二章 中山道および関連・周辺街道」(藤沢靖介・石田貞・大熊哲雄・斎藤洋一・太田恭治・中尾健次)「第三章 甲州道中」(藤沢靖介・山本義孝・斎藤洋一)「第四章 日光道中および関連・周辺街道」(坂井康人・吉田勉)「第五章 奥州道中および関連・周辺街道」(坂井康人)の章立てがなされ、各延絵図に描かれた被差別民集落などの記載について、在地史料を中心に解説が施されている。単に絵図を読み解くだけではなく、具体的な様相が史料によって補強されているのである。

 以下、本書を読みながら気になった点、考えさせられたことなどを記す。

 本書が本編に付すという形態を採っているため、いたしかたないことだと思うが、それぞれの解説を具体的に把握するためには、全てならずとも、一部については、挿図の必要性が痛感させられた。

視覚で捉えることで、より読者の理解が図られたと思われるのである。でなければ、総論に記す絵図への描写・記録という課題に迫ることができないであろう。

実際、評者は東海道に限ってであるが、傍らに本編を置き、「延絵図」を観ながら諸氏の解説を読むことに努めた。そうすることで、理解が助けられた点も多々あったことをあえて記しておく。

 また、第一章の東海道分間延絵図の第五巻を取り上げた項では、鳥山と山本の解説が重複している。三島宿の東、新町川に沿った「穢多村」については、鳥山が各種史料から解説しているにも関わらず、山本はふれるところはない。一方で、鳥山がふれない沼津宿の西方の「穢多村」については、山本は『駿河志料』の一文を引いている。どちらが担当であったかは問わないが、両執筆(解説の精粗)がなければ、現在の研究水準を生かせなかったかもしれない。体裁はもちろんのことながら、監修の寺木・藤沢はこの点を配慮する必要があったであろう。

 さて、「延絵図」を作成するための基礎調査、各村から提出された「明細帳」には、被差別集落などに関する記述がほとんどないことが総論を含め各論などでも指摘されている。それならば、何故「延絵図」にその集落の様相を描いたり、文字情報を記すことが可能であったのか。

この点については、総論で、寺木が「公的な準備過程では重視されなかったものが、地元の案内や作画の段階で、そこに関心が寄せられ」たことを確認し、「結局、被差別民集落についての延絵図への記載の有無は、現地へ派遣された道中奉行配下の役人・絵師たちおよびかれらに応対した宿方・村方役人たちの意識のあり方などに関係していた」ことを推測する。

一方、中尾などが担当した巻では、街道筋の職務に従事するか、しないかを描写の有無のポイントとする論調がみられる。しかし、これは単に被差別民集落の描写の有無や精粗に留まる問題ではないと思う。文化四年(一八〇七)春正月に記された「延絵図」の識語には、「見聞之所及山川城市寺観霊廟舊跡古墳之属有旁道路者遵遐而不敢不具載也」とし、末尾に「遺脱」がないことを「庶幾」っている。見聞あるいは関心がなかったことが、描写の有無に繋がるのならば、それは他事象も同様であろう。この点も考察すれば、ヒントを得られたかもしれない。

なぜならば、被差別民集落などは、ルートマップである「延絵図」を構成する要素の一つだったと考えるからである。本書を一つの通過点と考え、さらに研究を深化させることを望みたい。

 ところで、本編には被差別民について、詳細な解説が付されている巻数も少なくない。絵図・解説編そして本書を合わせて読むことで、「延絵図」に描かれた被差別民(集落)の実態を把握することになるであろう。本書を読まれた方には、大部ではあるが、本編の読破にチャレンジしていただきたいと思う。